『客観性 Objectivity 』ロレイン・ダストン、ピーター・ギャリソン著(名古屋大学出版会)

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『客観性 Objectivity 』ロレイン・ダストン、ピーター・ギャリソン著(名古屋大学出版会)

[レビュアー] 瀧澤弘和(経済学者・中央大教授)

変化する科学研究の規範

 科学は客観性を追求するものとして発展してきたというのが素朴な通念だろう。だが、本書は科学の歴史を丹念に追い、この通念を覆す。科学研究を貫く規範(認識的徳)が時代とともに変化してきたこと、我々が通常理解するような客観性が19世紀半ばに登場してきたことを主張するのだ。何という力技だろう。

 この果敢な企てのために著者たちは、科学的図像制作に焦点を当てる。啓蒙(けいもう)主義時代の科学者たちが追求したのは自然のありのままの姿ではなく、対象の本質を図像化することだった。「本性への忠誠」の認識的徳である(典型を描く植物分類の図像がわかりやすい例だ)。だが、19世紀に入ると、観察における科学者の先入観や解釈を排除すべきという考え方が支配的になる。そのために加工を排したそのままの写真が図像として提示されるようになる。これが狭い意味での客観性=「機械的客観性」の誕生である。

 そして20世紀に入ると、様々な分野で正常と異常の違いを見分ける専門性が重視され、「訓練された判断」という新たな認識的徳が現れた。医療における画像診断がわかりやすい例だ。そこでは、再び解釈が重視され、異常を意図的に目立たせる図像制作が行われる。

 新たな認識的徳は古いものを置き換えるのではない。むしろ異なる規範の層が蓄積され、相互にその意味を照らし出す。また、こうした規範の変化と裏腹にあるものとして、人間観の変化があるという分析も説得力がある。「本性への忠誠」には、啓蒙主義時代の「感覚に騙(だま)されやすい」人間像が、「機械的客観性」には意志的な人間像が、「訓練された判断」には、類似したものを見わけるパターン認識の力を持った人間像が対応する。

 そして現代は新しい図像制作の時代に入りつつあるという。ナノテクノロジーの世界では対象の制作と観察とが同時に行われる。またデジタル化の中で、操作可能なものとなったり、それ自体で芸術作品となる図像も出てくる。素晴しい訳で、科学的知識を持たない読者も楽しめる重厚な一冊だ。瀬戸口明久ほか訳。

読売新聞
2021年11月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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