文學界の新人作品 太宰治『女生徒』を今日的に再解釈

レビュー

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文學界の新人作品 太宰治『女生徒』を今日的に再解釈

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


『文學界』(2021年12月号)

 下半期の芥川賞は、6月から11月までに文芸誌に発表された新人小説が候補の対象となる。つまり今回見る12月号は最終駆け込み号であり、各誌勝負作を投入してくる傾向が、経験的にはあるように思われる。

 そんな新人作品の中で今月一番良かったのは、九段理江「Schoolgirl」(文學界)だ。語り手は二人、34歳の母と14歳の娘。外資系に勤める夫(父)は高所得者で一家は都心のタワーマンションに住み、母は専業主婦、娘はインターナショナルスクールに通っている。反抗期の娘と、彼女を扱いかねている母というありきたりな物語なのだが、設定と意匠により、とても立体的に膨らませているのだ。

 娘は環境問題に目覚めた意識高い系のヴィーガンで、「フィルターバブルの泡の中で、ぐっすり眠っている人たち」を掘り起こすべくYouTuberとなって啓発活動に励んでいる。チャンネル名は「Awakenings」(笑)。まるでグレタ・トゥーンベリじゃんと読み進めていくと、まさにその名が登場する。小説は「現実逃避のための読み物」で「現実世界にとっての敵、諸悪の根源」だから読まない。

 対して母は、文学少女気質が抜けず、何不自由ない生活を送りながら希死念慮に囚われている。あまり恵まれた育ちでなかったことが、短大卒、水商売でのアルバイト、アル中の母親に体罰を振われた記憶などによって示される。夫のことは愛していない。子供が欲しいと思ったときに現れた条件の良い男だったに過ぎず、不倫をしている。

 そしてこの小説、実は太宰治『女生徒』の本歌取りなのだ。こちらも正面から明示される。母がかつて愛読した『女生徒』が触媒となって、母と娘の間に初めて「対話」と呼びうる内実を伴った交流が生じるという仕掛けだ。しかもそれが『女生徒』の主題の今日的な再解釈であり、小説を読むことの意味や意義への問い直しにもなっている。YouTuberの語りを小説に組み込む試みも意欲的である。

 九段作以外の新人作品は、うーん、どれもイマイチかなあ。まあ、芥川賞ノミネートと作品の出来は必ずしも相関しない。まだチャンスはある! 諦めるな!

新潮社 週刊新潮
2021年12月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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