『だいありぃ 和田誠の日記 1953~1956』和田誠著(文芸春秋)
[レビュアー] 木内昇(作家)
生前未発表の故人の日記を読むことには、背徳感がつきまとう。日記とは本音の集積。誰しも他人には見られたくないだろう。けれど、イラストレーター・和田誠氏の遺(のこ)した『だいありぃ』は例外と言いたい。当時の手書き文字そのままに印刷されたこの本には、音楽や映画をこよなく愛し、際だった画才を持った一青年の日常が、色褪(あ)せることなく息づいているのだ。
記されるのは、1953年から56年まで、和田氏17歳から19歳までの日々である。『ジョルスン物語』に夢中になって、足繁(しげ)く映画館に通う。洋盤を求めてレコード店を渡り歩く。ジェイムス・ステュアートに手紙を書いて、返事がくれば欣喜(きんき)する。純粋に好きだと思うものに没頭する様子があまりにも輝いていて、なぜだか目頭が熱くなった。
友人が映画館で密(ひそ)かに撮った場面写真に狂喜した、との記述に懐かしさを覚える。録画もダウンロードもできなかった時代、心赴くままに出掛け、そこで出会った多くを吸収し、自分なりの価値観を育んでいく青年の姿に、人生を自由に楽しむことの偉大さを改めて教わった気がした。