『歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』武井彩佳著(中公新書)

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歴史修正主義

『歴史修正主義』

著者
武井 彩佳 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784121026644
発売日
2021/10/18
価格
924円(税込)

書籍情報:openBD

『歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』武井彩佳著(中公新書)

[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)

厄介な存在と向き合う

 著者の問題意識は明確だ。書店には「歴史の真実」を謳(うた)う「通俗歴史本」が並び、図書館でも研究書と歴史修正主義的な本が混在し、学生のレポートにはインターネットに氾濫する歴史修正主義者の主張がそれともわからずに引用される。歴史学はこれまで歴史修正主義とまともに向き合ってこなかった。それが現在の跋扈(ばっこ)を許しているという危機感から、歴史修正主義とは何か、なぜそのような考えが生まれたのか、そして社会はどう向き合うべきか、ドイツを中心に丹念にその歴史と課題を明らかにする。

 本来、歴史修正主義はナチスの戦争犯罪を断罪したニュルンベルク裁判に対する反発――何でもドイツが悪いのかといった敗者の不満から始まっていた。しかし、やがてこのなかからナチスの戦争犯罪のなかでもっとも糾弾されるホロコーストそのものを否定する主張が登場、学術的な論争から悪意のある政治的主張へとエスカレートする。

 冷戦終結後、ドイツやフランスを中心としたEUでは、このようなホロコースト否定論を法的に規制する考えが定着した。人間の尊厳を守ることを第一として、尊厳を踏みにじる言論は許さないという姿勢だ。対して、米英では逆に言論の自由を第一に置くため、否定論の発生源が常に米英というのは何とも皮肉である。

 しかし、ホロコースト限定だったジェノサイドをめぐる議論が拡大、今やオスマン帝国によるアルメニア人虐殺や植民地宗主国による奴隷的搾取、さらにはEU拡大によって東欧諸国ではソ連による人権弾圧まで含まれるようになった。ここまで来ると政治的正当性を振りかざして国家が歴史をコントロールし、逆に歴史修正主義が「正史」となって国際関係を無用に緊張させる要因になりつつある。

 国民国家では、国民のアイデンティティを維持するために、事実を明らかにするだけの歴史学は常に政治から「真実」の提示を迫られる。そこに歴史修正主義がつけ込む余地が生まれる。私たちはこの厄介な存在にいかに向き合うべきか、本書は恰好(かっこう)の手引書といえる。

読売新聞
2021年11月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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