差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章 キム・ジヘ著

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差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章 キム・ジヘ著

[レビュアー] 中脇初枝(作家)

◆「あたりまえ」に思いはせる

 自分が差別主義者だと思う人は多くないだろう。著者も同様で、まさか自分がそうだとは思っていなかった。ところが、ある日、何気(なにげ)なく発した言葉について問われた著者は、自分が悪意なく差別をしていたことに気づき、この本を書いた。「自分をとりまく言葉や考え方をひとつひとつ確認していく作業は、まるで世の中をあらためて学ぶような感覚があった」という。

 それほどに、差別はこの社会に蔓延(まんえん)し、もはや見えなくなっている。著者は、その現実を前に、実際に起きた事件、古今東西の論考や統計などを取りあげながら、不平等な社会で、わたしたちがそれに気づかずに生きることが、いかに「差別に加担」し、差別的な現状を維持してしまうことになるかを明らかにした。

 なぜ、みんな差別はよくないとわかっているのに、差別がなくならないのか。なぜ、差別的な発言をした人たちが「そんなつもりはなかった」と言うのか。なぜ、保育士や看護師は女性が多く、その賃金が低いのか。なぜ、ジェンダー平等がすすむと、男性は理不尽さを感じるのか。なぜ、人生で起きるあらゆる困難を、努力不足の「自己責任」と片づけられてしまうのか。そんな疑問に答えてくれる。

 衝撃だったのが、「特権」という言葉の「発見」だった。わたしたちは特権を、ごく一部の特別な人たちが持つ権力のように思いがちだが、実は「他の人は持たず、自分は持っている」あらゆるものを指すのだという。わたしたちは、日々、なにかしらの特権を無意識に享受しながら、それをあたりまえと思って生きている。一方で、わたしたちが持つ特権を持たない人がいる。

 差別をなくそうと言葉で言うだけでは、差別はなくならない。自分の持つ特権を持たない人に思いを馳(は)せ、「世の中はほんとうに平等なのか」思索しつづけることが、わたしたちが「悪意なき差別主義者」となることを阻んでくれる。この本を手に、「世の中をあらためて学ぶ」旅を続けたい。どんな人生でも、その人生をまっとうできるような平等な世界を目指して。

(尹怡景(ユンイキョン)訳、大月書店・1760円)

韓国・江陵原州大教授。マイノリティー、人権、差別論が専門。

◆もう1冊 

マイケル・サンデル著『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)。鬼澤忍訳。

中日新聞 東京新聞
2021年11月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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