【聞きたい。】中村圭子さん 『谷崎潤一郎をめぐる人々と着物』
[文] 黒沢綾子
■文豪こだわりの装いの世界
「谷崎文学を考える上で着物は大切な要素。このキャラクターにはこういう装い…などと、着物とセットでヒロイン像をつくり上げたのではないでしょうか」
文豪、谷崎潤一郎(1886~1965年)ほど、登場人物のファッションを事細かに、こだわりを持って描写した作家は珍しい。また、そのスキャンダラスな実生活は時に悪魔的な文学へと昇華され、今も世界中で読み継がれている。
本書は、妻の千代や松子をはじめ、谷崎の小説のモデルになった人々が実際に身に着けた着物や小物を紹介。またアンティーク着物の収集家、田中翼氏のコレクションによって、小説を彩ったヒロインたちの装いも再現した。東京都文京区の弥生美術館で開催中の同名の展覧会と連動する内容で、図録も兼ねる。同館学芸員として、「事実も小説も奇なり」というべき谷崎ワールドを、着物を軸にまとめ上げた。
目を引くのは『痴人の愛』の奔放なヒロイン、ナオミをイメージしたアバンギャルドな着物コーディネートだろう。
「主人公の青年・譲治は、ナオミにこれでもかと新奇な装いをさせる。洋服地であるオーガンディやコットンボイルを着物に仕立てるなど新しい試みを2人で楽しんでは、着せ替え人形のように彼女に奇抜な衣装を着せてゆく。それが彼の愛情表現なんですね」
大正末期から昭和初期にかけて髪をボブカットにし、派手な銘仙など斬新な着物や洋服を着て自由恋愛を楽しむ新しい女性たちが登場し、モダンガールと呼ばれた。「当時の女性観を打ち破るヒロイン・ナオミは若者に大きな影響を与え、モダンガールのさきがけとなったといえる。谷崎には時代に先んじる感性があったのでしょう。文豪独自の美意識を、着物とともに楽しんでもらえたらと思います」(東京美術・2530円)
黒沢綾子
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【プロフィル】中村圭子
なかむら・けいこ 弥生美術館学芸員。昭和31年、岩手県生まれ、中央大卒。『魔性の女挿絵集』『奇想の国の麗人たち』など著書多数。本書は同館の中川春香学芸員との共著。「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」展は同館で令和4年1月23日まで開催。