『同志少女よ、敵を撃て』
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舞台は第二次大戦の独ソ戦 女性スナイパーの戦争冒険小説
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
今年の日本ミステリー界は新人の当たり年だったが、その掉尾を飾るに相応しい傑作の登場だ。中身は戦争小説。第二次世界大戦の独ソ戦を舞台にソ連の狙撃兵の戦いを描いた、日本人が一人も出てこない長篇。
というと、ちょっとハードルが高そうだけど、主人公の狙撃兵が一〇代の少女というところにご注目。狙撃兵ものといっても「女性だけの狙撃小隊がたどる生と死」をとらえた異色の戦争冒険小説なのである。
セラフィマはモスクワ近郊の山村、イワノフスカヤ村で母と暮らす一八歳の狩りの名手。モスクワの大学に進学も決まっていたが、一九四二年二月、村の平和は突如現れたドイツ兵たちに壊される。パルチザン狩りだという彼らは村人たちを次々と処刑、母親も狙撃兵の犠牲に。セラフィマは危ういところを援軍の赤軍兵士に救われるものの、美しい女隊長は「戦う意志のない敗北者は必要ない!」といい、冷酷にも彼女の母の遺体に火を放つのだった。
村を、家族を失ったセラフィマが女隊長に連れていかれたのは、同世代の女が集められた建物、中央女性狙撃訓練学校の分校。女隊長はその教官長イリーナだった。モスクワ射撃大会の優勝者、カザフ人の猟師、ウクライナコサックの娘、各地から来た生徒たちは皆似たような境遇の者ばかり。母の復讐を胸に、セラフィマの訓練の日々が始まる。
体の鍛錬、射撃訓練はもとより、弾道学に政治教育と厳しい教えが続く中、次第に生徒たちの間に確かな絆が育まれていくが、彼女たちが最初に送り込まれた戦地は激しい攻防が続くスターリングラードだった。
そこから始まる戦闘場面が何とも凄まじい。セラフィマたちにも犠牲者が出るが、彼女は戦争の無慈悲さ、戦時の女性差別や悲劇について問いかけながら、過酷な使命を果たしていく。全選考委員が満点をつけたのも当然の出来栄えの、第一一回アガサ・クリスティー賞受賞作である。