お遍路さんと乞食の境 蔑まれながら敬われる人々を描く名紀行
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
路地(同和地区)出身者の視点から社会を照射する『日本の路地を旅する』など、数々の好著をつむいできたノンフィクション作家が、なんと5年も遍路に身を投じていたという。興味津々で読み始めた。
四国「遍路」でなく「辺土」とした理由の説明から。辺土は乞食という意味。お遍路さんというと、一般的には実生活を離れて向かう別世界という印象だが、その旅を生活の場にしている人がいる。野宿して、他人に米や金を乞い、歩き続ける放浪者。草遍路、プロ遍路、生涯遍路などと呼ばれている。
彼らは蔑まれる一方で、弘法大師の化身として敬われもする。〈いわゆる聖と賤を同時にそなえる存在〉。著者は、托鉢修行まで共にしながら、現代の草遍路たちの姿を活写。同時に異端を受け入れる遍路道の懐の深さを掘り下げていく。
象徴的なのは「幸月事件」だ。幸月は、独特の風貌と人間味で有名になった草遍路で、雑誌やテレビにも取材された。しかし本名で出演したから、ドキュメンタリー番組を見た警察官が指名手配犯だと気づき、逮捕されてしまう。
この事件に「遍路の本質」を直感した著者は、関係者を訪ね歩いて事件を再構成する。人々は彼を非難するどころか、寄付を募って事件の被害者に見舞金を送り、減刑嘆願書には約千三百人の署名が集まった。有罪となった幸月は出所後も……。
善根宿や遍路小屋が点在し、遍路を接待する文化が根付いた四国。法秩序や世俗のしがらみを逃れられるアジール(駆け込み寺)は、コンプライアンスを厳しく問われる現代社会にはもはや存在し得ないが、その気風はひっそりと受け継がれているのかもしれない。
遍路道沿いの路地めぐりも読みどころ。さまざまな事情を抱えた人々の〈小さく悲しい話〉がずしっと胸に響く。生きることの辛さと尊さをくっきりと描き出す名紀行。