一行一行が痛切に心に響く“提供者”の人生の結末

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一行一行が痛切に心に響く“提供者”の人生の結末

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 残酷で悲しい物語なのに語り口はあくまで穏やかで淡々としている。でも、読んでいるうちに心の奥に切なさと悲しさがじわじわと染み入ってきて、最後には激しく心を揺さぶられる。

 主人公はキャシーという31歳の若い女性。彼女が子供時代から今に至るまでを回想する。時代は70年代から90年代。キャシーは「ヘールシャム」と呼ばれる寄宿学校らしき施設で子供時代を過ごす。日々の描写、子供たちの会話、先生の言動の中にある微かな違和感。その違和感の正体を知った時、読者は愕然とする。このノスタルジックで端正なカズオ・イシグロの小説世界は、臓器移植のために作られたクローン人間たちの儚い人生を描いた、異様な世界なのだと。

 キャシーと仲間たちは16歳で「ヘールシャム」を卒業し、農村地帯にある「コテージ」に移る。臓器提供が始まるまでのつかの間の青春の日々。だが、彼らには摘出手術3回目までにほとんどが命を落とすという残酷な運命が待ち受けている。それでも、訪れるはずのない将来の夢を語り合い、自分の「ポシブル」に会いたいと願う。「ポシブル」とは、親の可能性のある人のこと。クローン人間は誰かの複製だから、その人間は自分の「親」。提供者としての運命を受け入れながらも、普通の人間としての人生を夢想する姿が切ない。

 彼らは臓器提供が始まる前に、提供者の介護人となる。介護人の仕事を長く続けているキャシーは、すでに提供者となっていた親友ルースとトミーに再会する。そして、その後の胸が張り裂けそうな展開……。

 15年前に日本語訳が出てすぐ読んだが、解説に「予備知識は少なければ少ないほどよい作品」とあった。そんな事はない。再読では、彼らの人生の結末を知っているからこそ、一行一行がより痛切に心に響いてきた。

 映画は、抑えた落ち着いた色調で原作の雰囲気を見事に映像化。キャシーの優しさ・恋心・哀しみ・諦めなどをキャリー・マリガンが繊細に表現。その表情が胸を打つ。また、キャシーの少女時代を演じた子役の寂しそうな笑顔も忘れ難い。地味な印象の映画だが、静かな感動をもたらす。

新潮社 週刊新潮
2021年12月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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