『イノベーション概念の現代史 The Idea of Technological Innovation』ブノワ・ゴダン著(名古屋大学出版会)
[レビュアー] 瀧澤弘和(経済学者・中央大教授)
時代超えて保つ生命力
「イノベーション(革新)」は今日、科学や技術に関してのみならず、経済や社会のさまざまな問題に対する万能薬でもあるかのようにポジティブに語られている。だが、どうしてそうなったのだろう。本書は、我々が疑うことなく受け入れてしまっている重要概念の来歴を、改めて解き明かしてくれる貴重な本である。
本書のアプローチは、イノベーション概念が政策実務従事者たちによって用いられてきた過程を丹念に辿(たど)り、どのようにその意味内容を変化させてきたのかを分析するというものだ。1930年代には技術変化は失業問題との関連で語られがちだったという。本書の主要な対象は、その後、技術変化が経済発展の要因と見なされるようになってきた40年代以降の歴史であり、経済成長が重要な政策目標となった時期と重なっている。
様々な報告書を読み解く中で、意味変容のいくつかの段階が識別される。たとえば、基礎科学への投資が技術的イノベーションを生み、経済的成果を生むという「リニアモデル」が流布した時期(1950~60年代)、新製品の商業化が重視され、科学とそれが生む技術だけでは十分でないと考えられるようになった時期(60~70年代)、技術の供給側だけでなく、社会の技術に対するニーズや需要が重視されるようになった時期(60年代末~80年代)、関連する諸政策を包括的なイノベーション政策へと転換していく時期(70年代以降)などである。この間、イノベーションの概念化は、科学や技術から市場や社会へとその焦点を推移させてきたことがわかる。
だが、様々に中身を変化させつつも一貫しているのは、市場経済イデオロギーと結託しつつ国家的政策に貫入してきたイノベーション概念の生命力である。この概念が、「社会的イノベーション」や「持続可能なイノベーション」といった新奇な変奏を奏でつつ、環境問題や不平等問題が解決を迫る現代においても力を持ち続けていることは何とも不思議な感じがする。隠岐さや香氏の解説もわかりやすい。松浦俊輔訳。