異世界ファンタジーに飽きていた書評家が一気読みした一冊「龍ノ国幻想」シリーズ

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神欺く皇子

『神欺く皇子』

著者
三川 みり [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101802183
発売日
2021/08/30
価格
781円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

躍動感あふれる物語

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

人気ファンタジーシリーズを書いてきた作家・三川みりによる男女逆転宮廷ファンタジー「龍ノ国幻想」シリーズ。1巻目の『龍ノ国幻想1神欺く皇子』に続き、2巻目である『龍ノ国幻想2天翔る縁』が刊行。“龍の声を聞く力”に生死が問われる世界で、命の尊厳を守るために闘い続ける主人公を描いた本作の読みどころを、書評家の北上次郎さんが語った。

北上次郎・評「躍動感あふれる物語」

 いやあ、面白い。

 物語のちょうど半分のところで、ギアが一段上がるのである。え、こうなるのかよ、という箇所だ。こういう構成がうまい。

 異世界ファンタジーには食傷気味だから、最初は半分疑いながら読み始めたのだが(失礼!)、キャラ設定と文体のリズムがいいので徐々に引き込まれ、この先、どうなるんだろうというときに、物語の真ん中でガクンとギアが上がるのだ。うまいなあ。こうなると、あとは一気読み。まったく素晴らしい。

 作者の三川みりは、角川ビーンズ小説大賞審査員特別賞を受賞して、『シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と黒の妖精』で二〇一〇年にデビューというから、すでに新人ではない。これまでの作品を未読の私がこんなことを書くのも何なのだが、もっともっと大きくなる作家だと思うので、いまから要注意マークをつけておきたい。

 本書を成立させているのは、たった二つの設定だ。皇尊の一族に生まれた女たちは、神の眷族である龍の声を聞くが、一族の女に生まれながら龍の声を聞けない者がいて、それを遊子と呼ぶ。この設定が一つ。遊子は尊い一族に生まれた出来損ない、忌むべき者とされ、十四歳になると周囲の国王に下げ渡されるが、それは名ばかりで実態は龍の住む国を出たところで殺される。

 もう一つは、皇尊の一族に生まれた男子でありながら、生まれつき龍の声が聞こえる者がいて、彼らは禍皇子と呼ばれ、これもまた忌み嫌われる。 

 この二つの設定(龍の声を聞くかどうかだから、一つのことの裏表であり、その意味では一つの設定と言ってもいい)が本書の基盤となっている。遊子として生まれた姉を殺された日織が皇尊を目指すのは、自分が王となってその仕組みを変革したいからだ。それはこの世から差別をなくすための戦いだ。つまり、これは強い信念を持つ者が王位を目指す物語なのである。

 当然のように競争相手がいて、それが不津。彼が王を目指すことにも理由と事情があるのだが、その詳細は省略する。ただし、この男、ただの競争相手というよりも複雑な性格の持ち主であり、単なる悪役の域をはみ出している。

 そうか、もう一つ、忘れていた。禍皇子だ。龍の声を聞いてしまうとして忌み嫌われる存在の男子が、どう係わってくるか。それもまた物語の重要な要素なのだが、それを書いてしまうとネタばらしになるので、ここには書かないでおきたい。

 構成が秀逸だというのは、王位争いが具体的であることだ。皇尊に継承される遷転透黒箱にぴったりおさまる龍鱗を探して見つけた者が王となるのである。その龍鱗がどんなものであるのか誰も知らない、というのもキモ。次の皇尊となるべき人のみが知るのだ。

 かくて、さまざまな人物が入り乱れて、龍鱗探しが始まっていく。主人公たる日織の秘密(帯などに書かれているが、ここには書かないでおく。出来れば、それらを見ずに、まっさらの気持ちで本書を読まれたい)はばれないのか。はたして不津との王位争いに勝てるのか、壮大な物語が始まっていくのである。

 本書を貫く重要なファクターを一つ、忘れていた。殯雨だ。崩御の日から降り続く雨を殯雨といい、新たな皇尊が即位するまで雨は必ず続く。空位の期間が長引けば長引くほど雨は激しさが増す。皇尊選定に手間取っていると、そのうちに大水害が発生する。崩御から数えて四十日を過ぎれば、雨は激しさを増して大地が膨らみ始め、八十一日以上過ぎれば、稲田や建物が流され、山肌がずるずると滑り落ちて崩れ出す。

 さらに年単位に及べば、龍ノ原は水没し、八洲も水に襲われる(紹介するのが遅すぎるが、この世界は日織たちが暮らす龍ノ原と、その周囲の八カ国、あわせて九つの国で成り立っている)。四年を過ぎると大地の下に眠っている龍が目覚め、大地鳴動し、九つの国が海に没すると言われている。

 三百年前に不在期間が一年に及んだことがあり、そのときは龍ノ原の半分が水に沈んだという。だから、次の王は早く決めなければならない。こういう背景があることも重要で、それを象徴するのが冒頭からラストまで、物語の背後に降り続く殯雨なのだ。皇尊の崩御を哀しむように降り続く殯雨こそが本書の主役といってもいいほど、強い印象を残していることに留意。その意味でこれは「殯雨小説」でもあるのだ。

「軒端から落ちる雫に、光が射して輝いている」というラスト近くの一文に感動がこみ上げてくるのもそのためだ。殯雨が止む、ということは次の王が決まるということだ。はたして日織は王になれるのか。

 本書には「龍ノ国幻想」という通しタイトルが付けられている。ということは、新たなシリーズがここから始まるということだ。さあ、躍動感あふれる物語の開幕だ。

新潮社 波
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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