『世界は「関係」でできている』
- 著者
- カルロ・ロヴェッリ [著]/冨永 星 [訳]
- 出版社
- NHK出版
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784140818817
- 発売日
- 2021/10/29
- 価格
- 2,200円(税込)
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物理学と哲学の狭間 詩的な細やかさで描かれた量子論
[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)
狩猟をしながら旅をしていると、ときに不思議な感覚におそわれる。食料が枯渇し死の影がちらつきだしたときにかぎって獲物が現れ、自ら命を差しだすかのようにじっとたたずむのだ。そういうとき、私は量子力学における観測問題を思いおこす。この獲物は〈いる/いない〉の重ねあわせの状態にあったのだが、私が狩猟者としてあらわれ介入したことで、その獲物の存在は〈いる〉ほうに収束したのではないか?
完全に妄想と思いこんでいたが、この本を読むとあながち的外れではないのでは、と感じる。量子力学の最先端を走る著者によれば、この世界の事物事象の属性は、そのときその場の対象との関係をとおしてのみ決まる。
たとえば私が蝶の羽を見て青いと感じたとき、その青さは私との関係においてのみ発現する蝶の青さだ。私がその蝶の存在を知覚していないとき、その蝶がそこにいたのかどうかを問うことに意味はない。そこにいたともいえないし、いなかったともいえない。
量子力学の世界はわれわれの直感的理解からかけ離れているので、厳密に考えるとさっぱりわけがわからないのだが、イメージをひろげて解釈すると、ここで書かれていることは普遍的な生の実感に通ずる考え方のように思える。結局のところ、われわれは恋愛や結婚をはじめとした他者との関係、あるいは仕事や生活の経験をつうじて変化し、身心は更新されてゆく。〈私〉とは何かと考えたら、他者や環境との関係のはざまのなかでうねうねとつづいてきたその足跡でしかないのだから。
物理学とは自然を探究する学問だ。人間も自然の一部であるわけだから、その最も細やかな部分を問いつめたら、それは哲学の問いと一致する。この著者の作品が文学や芸術の世界の人に支持されるのは、詩的な文体にもよるが、そこで描かれる世界がとても深遠でインスピレーションに満ちているからだろう。