30年間の変革が続く中国農村部 生々しい出会いと別れの記

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

送別の餃子

『送別の餃子』

著者
井口淳子 [著]
出版社
灯光舎
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784909992017
発売日
2021/10/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

30年間の変革が続く中国農村部 生々しい出会いと別れの記

[レビュアー] 都築響一(編集者)

「送行餃子、迎客麺」という中国の言葉があって、初めて出会ったときに麺を、送別のときには餃子をつくる習慣があるのだという。『送別の餃子』という書題はそこから採られていて、オビに書かれている「わたしたちがお別れするときも必ず餃子をつくるからね」という文を読んだだけで、『初恋のきた道』でチャン・ツィイーがキノコ餃子を風呂敷にくるんで山道を駆ける場面が浮かんできて涙……。大学院生のころから30年以上にわたって「目に見えない力に導かれるように」中国の農村部を歩き続け、民族音楽・芸能のフィールドワークに取り組んできた井口淳子さんの、これは出会いと別れの記である。

「はじめに」で書かれているように、文化人類学の研究においてフィールドワークは「手段であり、目的ではない」。論文などの研究成果では通常触れられることの少ない研究者と現地協力者との信頼関係、つまり現地のひとびととの生々しい人間関係にあえて絞って書かれたのがこの本。そこにはとても微妙で繊細な人間と人間の力学があるので、時間が経ってからでないと書くことが難しくもある。井口さんも「今になって、一九八〇年代、九〇年代のまだ十分に社会主義的であった中国農村での体験を客観的にとらえ直すことができるようになった」と記している。

 いま、マスメディアで語られる中国はほぼ政治とカネだけ。中国の体制と、中国のひとびとは別物であるはずなのに。中世からいきなり未来に跳ぶような、急激な変革の中にある中国農村部や辺境の地で、ここに書かれている暮らしはすでに見つけるのが難しくなっているかもしれない。だからこそいま記しておかないと、という思いと、中国をめぐるワンパターンの報道への違和感が、井口さんにこの本を書かせた気がする。嫌中(そして嫌韓)を放言しているひと(この週刊新潮も含めて)にこそ読んでほしい一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2021年12月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク