キュートな異星人の姿に込めた「移民」の困難と東京の「今」

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バクちゃん 1

『バクちゃん 1』

著者
増村 十七 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784047360815
発売日
2020/05/11
価格
814円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

キュートな異星人の姿に込めた「移民」の困難と東京の「今」

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 親戚の叔父さんを頼り、故郷からひとりぼっちで地球へとやって来たバク星人の男の子。彼が「移民」として東京の街で直面する出来事を、ポップかつ繊細なタッチで見事に描き出したマンガ『バクちゃん』が今、各所で大きな話題を呼んでいる。全2巻で完結した後もじわじわと売れ続け、着実に版を重ねている様子は、とりわけ回転の早いコミック業界ではちょっと珍しいケースといえる。

 本書のベースとなっているのは作者の増村十七自身がカナダに住んでいた頃の実体験だ。当時の経験を元に自主制作作品として発表したオリジナル版が文化庁メディア芸術祭マンガ部門で新人賞を受賞。現在の担当編集者が声をかけるきっかけとなった。

「私自身がまさにそうなんですが、生まれたときから家族と日本に住み続けている人にとっては、“移民になる”ということがどういう経験なのか、なかなか想像できないですよね。でも増村さんの作品は、バクちゃんの目に映る景色を通じて、彼らが抱える不安や寂しさのリアルな感触を教えてくれるんです」(担当編集)

 例えば、バクちゃんが後の大家さんとなる女性に率直で辛辣な言葉をぶつけられる場面。彼女の対応は、いわゆる「社会の感情」の代弁でもある。対するバクちゃんは何も言わないけれど、ちいさな体とつぶらな瞳のなかに、言葉にできないほど豊かな感情がみっちり詰まっているのが伝わってくる。それは移民である以前に私たちと同じ、“ひとりの人間”の姿なのだ。

「当初はコピーに“近未来SF”という文言を入れる案もあったんです。でも増村さんが“これって未来のことなんですかね?”とおっしゃったときにハッとして……。作中で起きる出来事はすこし不思議ではあるけれど、描かれている困難はあくまで今そこにあるものなんですよね」(同)

 コロナ禍でのオリンピックを経た私たちの社会にとって、この作品に描き込まれた景色の価値はますます上がっているのだろう。

「“バクちゃんの目から見て、今の東京ってどう映るんだろう?”という視点を私自身が持てるようになった気がします」(同)

新潮社 週刊新潮
2021年12月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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