壮大なまでに口づけをうたった牧水のなぞ

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牧水の恋

『牧水の恋』

著者
俵 万智 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784167917418
発売日
2021/08/03
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

壮大なまでに口づけをうたった牧水のなぞ

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「接吻」です

 ***

 若山牧水といえば、旅と酒の歌人。「幾山河越え去り行かば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく」「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ」などの歌は多くの人に愛されてきた。

 一方で牧水は、恋の歌を多く残した人でもある。今回、テーマが「接吻」ということで、思い出したのが「山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君」という歌だ。

 口づけをうたった名歌はたくさんあるが、こんなに壮大なのは珍しい。俵万智さんは『牧水の恋』の中で〈天上で豪快に鐘が鳴り響いているような、シェークスピアの舞台俳優になったような〉と書いている。

 ではなぜ牧水は、接吻ごときをこんなに高らかにうたいあげたのか。『牧水の恋』を読めば、この歌がどんな情景をうたったものなのかがわかる。

 時は明治41年1月、場所は房総半島の根本海岸。相手の名は小枝子。逢瀬を重ね、添い寝までしたのに、なぜか最後の一線を越えさせてくれなかった彼女と、牧水は初めて泊りがけの旅行をしたのだ。

 だが牧水はこの時まだ知らなかった。小枝子が子持ちの人妻だったことを……。

 一途でロマンチストなだけではなく、ずるくて未練がましいダメ男でもあった牧水。俵さんは、歌を読みこむことで、まるで探偵のように、彼の恋の実相をあばいていく。ズバズバ突っ込む容赦のなさ、なるほどと頷かされる読みの深さに脱帽した。

新潮社 週刊新潮
2021年12月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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