『香港政治危機 圧力と抵抗の2010年代』倉田徹著(東京大学出版会)

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香港政治危機

『香港政治危機』

著者
倉田 徹 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784130331104
発売日
2021/09/22
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

『香港政治危機 圧力と抵抗の2010年代』倉田徹著(東京大学出版会)

[レビュアー] 国分良成(国際政治学者・前防衛大学校長)

民主主義の封殺 克明に

 1997年の香港返還は、一つの国のなかで資本主義と社会主義が共存するという「一国二制度」によって初めて可能となった。返還後、比較的平穏に推移していたこの試みは、習近平時代が始まる前の2010年代以降急激に「二制度」よりも「一国」に力点が置かれるようになった。本書はこの間の香港人の激しい抵抗と、中央政府による逐次的な民主主義の封殺過程を丁寧に描き出した実証分析である。

 07年中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、香港のトップである行政長官選出について、17年には普通選挙も可能だと示唆していた。ところが14年8月、全人代常務委員会は行政長官候補者から民主派を排除することが可能な規定を定めた。この動きに激怒した民主派とそれを支持する市民が、香港の中心部で道路を占拠して傘で催涙弾から身を守る「雨傘運動」を展開したが、結局民主化を進められずに収束した。

 ところが、19年に香港政府が犯罪人を大陸に引き渡せる形に「逃亡犯条例」を改正しようとしたことで、リーダー不在の大規模な抗議活動が起こった。北京はこれを海外の陰謀と非難し、香港警察は学生活動家たちを逮捕した。

 これらの経験から香港政府だけでは事態を抑えられないと判断したのか、20年北京は「香港国家安全維持法(国安法)」を制定し、今年には香港の国会にあたる立法会議員90名のうち普通選挙枠を35から20に減らした。こうして北京は香港に様々な政策的圧力を加えるようになり、教育、司法、メディアなどでも「中国化」を進めている。そうした結果、いまや香港問題は米中対立の中心テーマでもある。

 香港と大陸との経済等の相互依存関係は後戻りできないほどである。しかし接触の増大は「中国と異なる香港人」意識をかえって増幅させた。「二制度」は強制的に「一国」に改造されつつあるが、自由と民主の果実を知った香港人の心の奥まで変えることはできないのではないか。本書のなかで、香港を心から愛する著者の叫びがこだましている。

読売新聞
2021年12月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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