笑いが救いに――芸人たちを描いた感動青春小説。直木賞候補作家・一穂ミチインタビュー

インタビュー

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パラソルでパラシュート

『パラソルでパラシュート』

著者
一穂 ミチ [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065260746
発売日
2021/11/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

笑いが救いに――芸人たちを描いた感動青春小説。直木賞候補作家・一穂ミチインタビュー

[文] ステキコンテンツ合同会社

 第165回直木賞ノミネートで話題をさらった『スモールワールズ』著者、一穂ミチ(いちほみち)さんの最新長編小説!

 大阪を舞台に「お笑い」をテーマにした本作は、笑いあり涙ありラブありの、超おもしろ小説でした。

 笑いを通して「いま」という時代を描いた本作は、読者を前向きな気持にしてくれます。BLジャンルでも活躍してきた、一穂ミチさんにお話をお聞きしました。

■書き下ろしの長編に取り組まれて

――前作『スモールワールズ』は短編集でしたが、本作『パラソルでパラシュート』は長編の書き下ろしとなりました。違いや大変だったところを教えてください。

 そうですね。私は基本的に短い方が好きなんですね、書くのは。単純に早く終わるので(笑)。

 長編だと、自分で展開を決めきれてないところも多くて。どうやって最後までいけるんだろうなっていう、先の見えない不安が、書いている間中つねにあったので、それは結構しんどかったですね。

――プロットを作って、ラストまで決めて書くという感じではなかったのでしょうか?

 今回に関してはないですね。

 私の場合、キャラクターとだいたいの性格と、だいたいのあらすじを決めたら、あとはもう書きながら考える、っていうことが多いですね。

「お笑い」を描くことについて

■素人なんで許してくれ! という感じ

――小説の中で漫才やコントが描かれていて、大変だったのではと思いました。別の小説で、小説の中で爆笑が起こっているけど、そんなに面白いネタだろうか? と急に冷静になってしまったことがあって。

『パラソルでパラシュート』は、漫才もコントも本当に面白かったのですが、どうやって書かれたのでしょう?

 もう毎日どうしようどうしようという感じで、本当に頭を絞っただけという……。

 たしかにおっしゃるように、テキストに起こしたときに、ちゃんと面白いかっていうのがすごくハードルが高くて。でも、書いてる間はもう素人なんで許してくれ! という感じで、つねに白旗を上げながらでした。

 やっぱり本職の芸人さんも、身振り手振りとか、リアクションで面白さを伝えることをされる方も多いので、そうなると文字だけっていうのは、なかなか難しいなと思いながら、やっぱプロはすごいなと痛感させられたチャレンジでした。お恥ずかしいです。

――漫才シーン以外の日常のセリフも全部面白かったのですが、一穂さん自身が大阪のご出身で大阪にお住まいなんですね。

 はい、ずっと大阪ですね。

――そこで育まれた笑いのセンスなのでしょうか?

 センスとかは別にないと思うんですけれども(笑)。

 でも、大阪の雑多なところで生まれ育ったので、普段の会話も、わりとこういう感じかもしれないですね。突っ込んだり突っ込まれたり。

 ずっと(大阪に)いるので、自分ではわからないけど、そうかもしれないですね。

――芸人さんたちがお笑いについて語るセリフにグッときました(「『おもろいやつ』と『おもろいことができるやつ』はちゃうねん」など)。このような笑いの哲学は。

 お笑い番組を見たり、最近は芸人さんのYouTubeとか見てると、ぽろっと本音を漏らすときがあって、それらの断片を自分の中で発酵させた感じです。

 芸人としての自分というよりは、芸人をやってる素の人格の自分が、この仕事をどう思ってるのかっていうのを垣間見ると、いろんな人がいろんなふうに考えてはいるんですけれど、私なりに小説にするなら……と。

■お気に入りの芸人さんとネタ

――好きな芸人さんとか、モデルにされた芸人さんはいるのでしょうか?

 モデルっていうのは特にないんですけれど、好きなのはコントをやってる空気階段さんとか。

 漫才ってめちゃめちゃ面白いやんっていうことを大人になってから思わせてくれたのは和牛さんですね。

――空気階段さんで、お気に入りのネタは?

 お気に入りは、去年の年末にテレビ(「笑うラストフレーズ!~オードリー×若手芸人~」)で披露していたのがあるんですけど。

 そのときは「I LOVE YOU」というのを、「月が綺麗ですね」っていうふうに、何か別の言葉で置き換えるっていうお題だったんですけど、空気階段さんがやったのが、SM嬢とMの男性がいて、Mの男性は縛られたまま目隠しをされて(ずっと放置されていて)、

「何もしてくれないんですか?」

 って聞いたら、女王様が、

「何もしてあげない」

 って言うんですね。それが「I LOVE YOU」」だったっていう。すごく鮮烈で、いまだに忘れられないですね。

――かたまりさんが女王様だったんですか?

 そうです、そうです。かたまりさんがすごくきれいな女王様になってて。

――かたまりさんが演じる女性ってきれいですよね。

 そうですね。ビジュアルだけじゃなく、かたまりさん自身の中のシャイな部分とかが、きれいに女性のキャラにハマってて、魅力的だなと思ってます。

「大阪」を舞台にしたことについて


道頓堀

■都市・淀屋橋と、異世界・木津川(きづがわ)

――大阪が舞台です。別のインタビューで、大阪を舞台に書きたいとおっしゃっていましたが、その理由は何でしょう?

 やっぱり自分の地元なので、土地として書きやすいなっていうのと、大阪弁の小説を書いてみたかったっていうのも、ありますね。

――実際書かれてみて、いかがでしたか?

 すごい楽ですね(笑)。書いてると、会話とかもポンポン出てくるので。自然な感じで。

 ただ、方言なので文字にするとちょっと伝わりにくいかなっていうところもあって、そこの調整はしましたね。

――亨たちが暮らすシェアハウスが、「木津川駅」というところでした。どんなところなのかなと、Googleストリートビューで見たら、とても簡素なところで(笑)。なぜあそこを選ばれたのでしょう?

 あの路線は、汐見橋線っていうんですけど。地元でちょくちょくあの線路を見かけることがあったんですね。

 そのときから、こんなとこに線路通ってたんだという、住民ですら思うぐらいのマイナーな路線で、何かそれがいいなと思って。

 多分大阪の人もそうそう乗ることはないです。存在を知らない人もいるでしょうね。でも、なんばまでそんなに遠くないっていう立地もあって。

――秘境なんですね。

 そうです、異世界感が(笑)

――芸人さんが暮らす異世界と、美優や千冬が働く現実世界の対比が、すごく面白かったです。

 ありがとうございます。美雨が働いてる淀屋橋は、もう本当に大阪の都心のオフィス街、そういう意味ではある種対極の都市かもしれません。

ストーリーについて

■変則的な三角関係を描くのが好き

――登場人物がみんな素敵でした。人間関係も。このような設定に至った経緯をお聞かせいただければと思います。

 最初はもっとどっぷりとお笑い芸人の話みたいなのを書いてみたかったんですね。それこそ、M-1に出るみたいな。でも、やっぱり私は素人なので、そういうようなことが書けそうにないなと思って。

 本職のお笑い芸人の方とか、放送作家の方も、本格的なのをたくさん書かれてたりする中で、自分と同じような外側の立場から、お笑い芸人を見つめるキャラクターを主人公に立てようと思ったんですね。

 それで、1作目に出した『スモールワールズ』には、それほど恋愛の要素がなかったこともあって、がっつり長く恋愛小説みたいなのを書こうと思って。

 あと、相方を出そう。2人組にしよう。で、三角関係に。ちょっと変な三角関係にしたいなって思ったんですね。

――たしかに、美雨は亨のことが好きで、弓彦は亨がコントで演じる夏子が好きという、ちょっと変わった三角関係ですね。

 男2人が、1人の女の子を好きになるっていうんじゃなくって、変則的な三角関係にしようというところで、かといって相方同士、たとえば片方がゲイ……とかではなく、複雑な形の関係にしたいなと思いました。

――この変則的な三角関係が、後半の嵐のシーンからより立体的になっていきますね。本当におもしろかったです。

■多様性とかはっきり言うのは、気恥ずかしい

――変則的な三角関係を書く上で、BLを書かれていたことが影響した点はあるのでしょうか?

 BLに限らず、私は「3人」っていうのが結構ツボで、BLの中でも、男性のカップルと、分かちがたいような関係にいるような女の人を出すのが好きだったりしたんです。

 女の人を恋敵にしてしまうと、BLの世界では読者にとってノイズになってしまうんですよね。邪魔じゃないっていうふうになるので。

 なので、男性のどちらかの肉親だったりとか、よその人にはわからないかも知れないけどっていうような、閉じた三角関係が好きなんですね。

 3人で結婚できたら一番いいんだけどねみたいな。はたから見るとちょっと変かもしれないけどっていう、独特の関係が好きだったので。

――独特の関係といえば、美雨の先輩の浅田さんも3人でシェアハウスをしていたり、こういうちょっと変わったライフスタイルも、一穂さんが描かれたいことなのかなと思いました。

 そうですね。「多様性」とかはっきり言うのは、気恥ずかしいところがあるので。小説の中の彼らも、自然な形で、気負ってやってるわけじゃなくって、自分の心地のいい相手を選んで、ただ一緒にいるだけっていう感じですね。

 それを世間的な常識に照らしてどうこうっていうのは、みんな特に考えてない気がします。

■生き方・働き方について

――登場人物たちがいろんな生き方、働き方をしています。 会社からの風当たりを感じている美雨や、それを乗り越えて平然と働く先輩の浅田さん。芸人さんたち。ライフスタイルを書くにあたって、意識されたことはありますか?

 実際生活してると、生き方って選べるようで、そんなに選べないですよね。

 何もかもが自由になるわけじゃない中で、夢を諦めて、地に足の着いた仕事にコミットするキャラもいれば、のほほんとしているキャラもいます。

 けれども、みんな誰かのせいにはしてないっていうところは、この作品に限らず、意識しているような気がします。自分で決めるっていう。

――一穂さんご自身、会社員としてお仕事されながら小説を書かれていますが、理想的な働き方みたいなものはあるのでしょうか?

 どうでしょう。私の場合は、今は両方やってる方が自分にとってプラスだなって、なんとなく感じるので、やっているんですね。

 会社行きたくないなっていうのはしょっちゅうですけれども(笑)。美雨みたいに、目先の期限を切られているわけではないので、向こうからもう辞めてって言われるまでいようかなって。

 どちらかといえば浅田さんのタイプですね(笑)。たぶんフリーランスで仕事するよりも、社会保障的なこととか、福利厚生みたいなのを企業という組織にお任せしてやってく方が、自分に合ってると思います。

『パラソルでパラシュート』というタイトルについて


展望台からの眺め

■崖っぷちから飛ぶことについて

――作中に「崖っぷち」という言葉と、高い場所がよく出てきました(鳥人間コンテスト、USJのジェットコースター、あべのハルカス展望台)。それぞれの場所で、意味合いが変わって見え、すごくカッコよかったです。

 ありがとうございます。

――やはり高いところがお好きなんですか?

 好きですね。USJも好きです。

――タイトルについて、高いとこから パラソルを使って飛び降りるというのは、勇気や覚悟のいることですし、ある種の勘違いも必要だと感じました。一穂さんがタイトルに込められた思いをお聞かせいただけたらと思います。

 語感として可愛くてっていうのと。おっしゃるように、「崖っぷち」といまだに言われる年齢の女性を主人公にしたときに、飛んでまえ! みたいな気持ちもありましたね。

 ここから落ちたらもう絶対に死ぬ、他に道はないからと、断崖絶壁に指一本でもぶら下がってなきゃいけないっていうような、ある種の強迫観念みたいなそういう小さい崖が、誰にでもあると思うんですね。

 会社辞めたら無職になって、社会から落ちこぼれる。学校に絶対行かないと将来が全部閉ざされちゃうみたいな。

 でも、そうじゃないかもしれないよっていう。真っ逆さまに落ちていくのは堕落とか、おしまいではなくって、反面、解放とか、新しい場所への旅立ちにもなりうるかもしれないっていう。

 それはやっぱり自分の心一つではあるんですよね。美雨だって、最終的に状況が好転したっていうことは別にないので。

――ダウンタウンさんのことを「勘違い芸人製造機や」と弓彦が言うシーンがありました。勘違いして芸人になった人が、だれかを幸せにしています。この小説も、迷ってる人が勇気を持てるような素敵な勘違いをさせてくれます。

 そうですね、夢を与えてくれる人ってのは、結局その勘違いを覚めさせない人なんですね。

一穂さんへの質問

Q:会社員をされながらの執筆、大変ではないでしょうか。

 私の場合は、体力的なところでの制約はあるんですけれども、たぶんそれは、お子さん育てながら執筆してらっしゃる方とかに比べたら、遥かに自分でコントロールが利くので、苦しくはないような気がするんですね。

 キャパシティというよりは、適性の問題で、私にはこれが向いてるなっていう感じですね。小説だけ書いてると、1行も書けなかったなっていう日は、めっちゃしんどいと思うんですよ。

 駄目だこりゃみたいな、なんて駄目な人間なんだと思うんですけど、でも一応そんな日も会社に行って働いてるので、それで救われるというのはあります。

 小説を書くだけじゃない価値観が会社にはある。そのバランスがいいのかなと思います。会社で今日失敗したなと思っても、家帰ってちょっと今日は小説書けたとか、1個仕事できたとかなると、ちょっと気分が浮上したりもしますし。いいバランスですね、自分的には。

Q:一般文芸とBLの両方を今後も書かれていくと思うのですが、双方のジャンルの相互作用とか、バランスなどは意識されて書かれていくのでしょうか?

 いや、あまり考えないんじゃないかなと思いますね。やっぱりBLはBLで、かっちりとしたお約束がある。

――「BLは規定演技、一般文芸は自由演技」とおっしゃってましたね。

 そうですね、やっぱり男性同士の出会いが主軸で、できればそこはハッピーエンドで、幸せな形に帰結するようにっていう流れはありますので。その同じ主題を、繰り返し繰り返しっていうのは、BLの難しいとこでもあり、楽しいとこでもありますね。

 葛飾北斎が何枚も富士山を描いてるみたいな。例えが壮大すぎますけども(笑)。

 じゃあ今度はこっち側からとか、ここに人間を配置してとか、そういうバリエーションの楽しさで。

――BL作品では、アニメ「イエスかノーか半分か」を拝見しました。BLは心理描写がとても繊細だと思いました。

 やっぱりそこは皆さん、内面にぐぐっとフォーカスして、読者も没入感みたいなのを求めてる方が多いと思うんですよね。

 現実をつかの間忘れたいみたいな。

――男女の恋愛と比べて、BLの場合は世間体だったり、セクシュアリティだったり、要素が複雑になるので、より繊細になっていくのかなと思ったのですが。

 そうですね。そこをまず乗り越えないとっていうのは、ヘテロの男女の恋愛と違うところなので、いかにしてそれを乗り越えさせるかっていうのと、乗り越えることを納得してもらえるかっていうのは、あります。

 もちろん何かそういうなんか前提みたいなのを全部もう抜きにして、端から、ここは男と男で恋する世界と割り切って、そっちに振り切って書くのも、もちろんありなんですね。

――小説を書かれるうえで、大切にしていることを教えていただけますでしょうか?

 そうですね。『パラソルとパラシュート』の中にも書いてるんですけど、解決とかゴールを目指さないっていうことかもしれないですね。

 小説の中で、私が答えを出さない。これがいいんだよとか、こうしたらいいんだよとか。

 ただ毎回、こういう人たちが出てくる話です、っていうふうに私は書くだけであって、その中で「この人はこうしました」「この人はこれを選びました」っていう、その人なりの選択を示すだけだなっていうのは思います。

Q:今後書きたいものはありますか?

 書きたいものは、つねにないタイプなんです(笑)。

 編集さんと相談して、どういうの読みたいですかねみたいな。あってもすごくふんわりしてるので、締め切りを設定されなかったら、たぶんそのままずっと書かないだろうなっていうタイプなんですね。

■著者プロフィール

一穂ミチ(イチホ ミチ)

2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。劇場版アニメ化もされ話題の『イエスかノーか半分か』など著作多数。

聞き手・文:しーなねこ

ナニヨモ
2021年12月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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