現代社会と対峙しながら謎を解く 話題のミステリ作家たちが語る「社会派ミステリの作り方」

対談・鼎談

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救国ゲーム

『救国ゲーム』

著者
結城 真一郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103522331
発売日
2021/10/20
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ブレイクニュース

『ブレイクニュース』

著者
薬丸 岳 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717525
発売日
2021/06/25
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『救国ゲーム』刊行記念対談 薬丸岳×結城真一郎 “今”と闘う

[文] 新潮社


彼らはどうして、謎と共に”いま”を描くのだろうか――(※画像はイメージ)

この春、ユーチューバーの闇を描くミステリ短編「#拡散希望」で第74回に本推理作家協会賞短編部門を受賞した結城真一郎氏。
選考会で作品のメッセージ性を高く評価したのは、社会派ミステリの名手として知られる薬丸岳氏だった。
彼らはどうして、謎と共に”いま”を描くのだろうか――。
地方創生という国家規模のテーマを本格ミステリの技で描き出す結城氏の書き下ろし新刊『救国ゲーム』を肴に、”社会派ミステリ”のベテランと新人とが語り合う。

 ***

考えて考えて、それでも

薬丸  直接お会いするのは今日が初めてですね。

結城  日本推理作家協会賞の受賞が決まった際に、リモートで少しだけお話しさせていただきました。

薬丸  改めて、ご受賞おめでとうございます。候補になったのは今回が初めて?

結城  初めてです。

薬丸  すごいなあ。僕が同じ賞を受賞したのは、三回目の候補のときでした。候補作はすべて「刑事・夏目信人シリーズ」の短編で、そういうものは不利だとも聞いていた。だから受賞したときは本当に驚きました。

結城  僕もまさか、こんなに早く自分が賞をとれるとは思っていませんでした。

薬丸  選考会ではわりとすっと決まりましたよ。

結城  メッセージ性の強い社会派ミステリをたくさん書かれている薬丸さんに、選評で「時代を映そうとする著者の思いの強さが感じられた」と評していただけたのが、本当にうれしかったです。

薬丸  ほかの選考委員もおおむね同じような感想でした。ほぼほぼ満場一致に近い結果でしたね。

結城  薬丸さんは最新刊の『ブレイクニュース』(集英社)でユーチューバーを描いてらっしゃいます。「#拡散希望」もユーチューバーが関わる話だから、「自分ならもっと巧く書けるのになあ」と辛口の評価になったらどうしよう、と心配していました。

薬丸  連作短編と独立短編では書く苦労がまた異なりますよね。でも「#拡散希望」については読んだときから、これだな、と思いました。

結城  ありがとうございます。

薬丸  それから新作の長編、『救国ゲーム』(新潮社)もとても面白かったです。地方で起きる奇妙な殺人事件と聞いていたから、金田一耕助的な感じかなと予想していたんですが、読んでみるととてもスケールの大きな社会派小説でした。他方で、本格ミステリとしての読みごたえも、キャラクター小説としての楽しさもある。これぞ・THEエンタメ・と思わせる作品です。

結城  薬丸さんにそう言っていただけるなんて、本当に光栄です。

薬丸  これまでもこういう作品を書いてきたんですか。

結城  いえ、今回はがらりと作風を変えました。デビュー作の『名もなき星の哀歌』(新潮社)は記憶を売り買いする店を舞台にしたミステリです。

薬丸  ファンタジーに近いような?

結城  そうですね。二作目の『プロジェクト・インソムニア』(新潮社)は夢の世界を複数の人間が共有できるという特殊な設定で、・夢・というクローズドサークルで起こる連続殺人を描きました。なので、特殊設定抜きのリアルな世界を舞台にした作品を書くのは今回が初めてだったんです。

薬丸  結城さんはおそらく兼業でらっしゃいますよね。どんなお仕事をされているんですか。

結城  一般企業のサラリーマンです。

薬丸  そうなんですか! 作中の描写から、てっきり政府関係のお仕事なのかと……。

結城  実は以前、仕事の関係で内閣官房に出向していたことがあるんです。まさに作中にでてくる「まち・ひと・しごと創生本部事務局」という部署で働いていました。

薬丸  なるほど、だからあんなにつぶさに書けるんですね。冒頭の専門用語の応酬や臨場感がすごく面白かったです。とてもいい塩梅でした。

結城  当時はまだ小説家デビューを目指す身だったので、「いつかこの経験を作品に活かしてやるぞ」と思っていました。

薬丸  作品を読んでいると、きついお仕事なんだろうなと感じます。

結城  自分は期限付きの出向の身だったので割と楽しめましたが、実際に本職の国家公務員として新卒から働いていたら、正直しんどかったと思います。そのあたりの苦労は作品にも入れ込みました。

薬丸  どうして地方創生をテーマにしようと思ったんですか。

結城  出向当時の、上司との会話が忘れられなかったからです。地方出張の同行中に、こんな質問を投げかけられました。「地方創生ってやる意味あるのかな」と。いま日本では、地方から東京に人がどんどん流入していて、その東京の出生率も全国最低レベルなので、国家規模で人口は減るいっぽう。このままでは国全体の経済規模が落ち込んでつぶれてしまう。だから東京への人口大移動を食い止めるべく、働き口を増やすなどして地方を活性化すべきだ、という考えが当たり前のように根差している。でもそれなら、もっとその東京で子供を産み育てやすいような環境づくりにリソースを割き、東京の出生率を上げるために尽力すべきだという考え方もあっていいはずじゃないか、と。国の地方創生の根幹を担う人間の言葉だっただけに、はっとしてしまって……。本当に最優先でやらなきゃいけないことってなんだろう、と考えるようになったんです。

薬丸  作品の中に、結城さん自身の考えに近いキャラクターはいるんですか。

結城  大都市圏への人口集中を説く・パトリシア・というキャラクターには共感できるところが少なからずあります。政策リソースが限られている以上、痛みを伴った選択をしなくてはいけない場面がどこかできっとくる。かといって地方の生活を切り捨てられるかといわれるとそんなこともできなくて……。結局自分の中ではいまだに答えが見つけられていません。

薬丸  考えて考えて、それでも答えが出し切れない。僕も同じです。社会的な問題を題材にするときは、「自分なりの答えを出したい」と思って書くんだけれど、最終的には答えはなかなか出せません。ちょっと出せたとしてもそれは問題に対する一部分の答えでしかない。作品を書くのは、あてのない旅をしているようなものなんですよね。

結城  自分の中でもまだ答えの出ていないことなんだけれど、こうして作品に昇華することで多くの人の目に触れて、それについて考えるきっかけにしてもらえればいいのかな、と思います。

犯人の気持ちにはなれない

薬丸  結城さんは独り暮らしなんですか。

結城  はい、会社の寮で生活しています。

薬丸  じゃあ仕事が終わったら自宅で一人、「さあどうやって殺してやろうか」と考えるわけですね。

結城  下手すると仕事中もいろいろな想像を膨らませています。

薬丸  結局、想像するしかないんですよね。事件って報じられるときには大々的に、センセーショナルにうちだされるけれど、その後のことはよくわかりません。被害者のこと、加害者のこと。そういうことについて、いろいろと考えてしまいます。

結城  それなりの行動を起こすにはそれなりの理屈があったはず。だから事件や殺人を書くうえでは、どうして犯人がその行動を起こそうとしたのかを、きちんと書こうと意識しています。そこをないがしろにして奇を衒っただけの事件を描いても、「所詮フィクションだな」と読者に鼻で笑われてしまいそうです。

薬丸  僕はあまり本は読まなくて映画を見ることのほうが多いんだけど、時々、本当に夜眠れなくなる作品と出会うことがあります。

結城  例えば……。

薬丸  アラン・パーカー監督の「ミッドナイト・エクスプレス」とか、キンバリー・ピアース監督の「ボーイズ・ドント・クライ」とか。どちらも実際に起きた事件をベースにしたお話で、衝撃というか、ショックがとても大きかった。ただ「意外でした」の一言で終わるのではない作品。

結城  ただただ驚かせるだけだったら、いくらでもやりようはありますからね。感情的に込み上げてくるものと物語の筋とがガチッと嵌まるからこそ、そのテーマが本当の意味で刺さるのではないかと思います。

薬丸  理想としているものは近いのかもしれないですね。とはいえ、加害者のことを考えるのは難しい。犯人の気持ちには、簡単にはなれないですよ。僕は今「野性時代」で、若い女性二人を殺した男を題材にした連載を書いているんですが、その男の気持ちにはどうしたってなれないんです。それでも、やっぱり理由を考え続ける。

結城  なんでその人物がそういう行動をとったのかを考えていると、幼少期の経験や社会情勢などにも繋がって、それでようやく説得力らしきものを持たせられるようになります。実際に人を殺したことなんてないのだから、どこまでいっても想像の域は出ない。でも「こういう問題があればこういう行動を起こす人がいてもおかしくない」という納得がうまれれば、その先で「この問題は解決しなきゃいけない」と考えてもらえるかもしれない。そうやって今の問題に結びつけることで読者の胸に刺さるものを描けたらいいなと常々思っています。

薬丸  実は僕、結婚はしていますけど、子供はいないんです。だから『Aではない君と』(講談社)を書いたときは、「自分に子供が生まれていたらどうなっただろう」とひたすら想像しました。

結城  ええっ!

薬丸  こういう風に育てたいな、妻とはこういう関係になるかな、学校の運動会ではビデオを撮ろう、どういうところに連れて行こう、とか。当時は仕事場と家が離れていたので、一週間くらい仕事場に泊まって、夜になると一人で「その子供がもし殺人の罪で逮捕されたらどうするだろうな」とじいっと考えるんです。

結城  『天使のナイフ』(講談社)など、ほかの作品でも子供を見守る親の眼差しを濃密に描かれているので、てっきりご自身の経験から連想されたものなのだと……。

薬丸  自分に子供がいたらもっと易しい落としどころになっていたと思いますよ。

結城  『Aではない君と』では、「物事のよし悪しとは別に、子供がどうしてそんなことをしたのかを考えるのが親だ」という忘れられないセリフがあります。独身で子供を持たない自分には絶対に書けない言葉だな、と思っていました。だから実体験に根差したものではなく、そこまで考え抜かれて出てきた言葉なのだと伺って、本当にすごいなと。

薬丸  あれはすぽっとでてきましたね。ああいう肉声に近い言葉はプロットを書いている段階では出てきません。

結城  僕も、プロット段階ではセリフがでてくることはあまりないです。書いていて浮かぶセリフのほうが多い。

薬丸  原稿を書いていて、登場人物にかなり寄り添いながら感情移入していくうちに、浮かんでくるように思います。彼らのことを考えて、一緒に悩んで、その過程の中で、時々でてくる。

結城  最初の構想の段階では一ミリもないのに、主人公と一緒に進んでいくと、ここでこうするだろうな、こういう言葉になるだろうな、と自然と浮かんできますね。

薬丸  分岐点になる言葉というのは物語の中で生まれてくるのかもしれません。

答えのない問いの答え

薬丸  『救国ゲーム』を書き始めたときは、物語はどのくらい決まっていたんですか。

結城  6割ほどは固めていました。プロットを作ってから執筆するのは、実は今回が初めてで……。薬丸さんはどれくらい決めて書かれるんですか。

薬丸  最近はほとんどが連載なので、スタート時点では設定と序盤の展開以外、ほぼ何も決まっていないことのほうが多いです。書きながら作っていく。途中で道に迷うこともあって、『Aではない君と』では連載している途中に「あれ、これ違うな」となってしまいました。主人公の男に、恋人が寄り添い続ける形で連載を書いていたんですけど、なんだかそうではないような気がして。そこからは連載用と単行本用の2パターンを並行して作っていきました。

結城  ええ! 僕も書いたものがしっくりこなくて50ページくらいバッサリ捨てることはあります。でも2本同時は……神業です……。

薬丸  すごく非効率です。あんまり参考にしないでください。

結城  『Aではない君と』では中盤、主人公の息子から「心とからだと、どっちを殺したほうが悪いの?」というとても印象的な問いが投げかけられます。そうするとあれも、もともと答えのある問いではなかったんですか。

薬丸  まったくなかったですね。書きながら考えていった。そもそも殺人を犯しているかどうかも、最初は決まっていませんでしたから。

結城  僕はあの問いを初めて目にしたとき、正直どちらも同じくらいに悪いと思ったんです。法律ではからだを殺すことしか裁けないけれど、作品の流れを踏まえて少年の言葉を聞くと「どちらも同じだな」って。だけど最後まで読み進めたら、薬丸さんなりの答えを出されている。

薬丸  答えを読み取っていただいているんですね。

結城  そしてそれに対して「確かに」と納得させられたんです。もちろん僕のように納得するひとも、それは違うと感じるひともいるでしょう。でも、いずれにしろ考えに考え抜いて一歩踏み込んだ答えを書いているからこそ、読者も自分の考えと照らし合わせて一歩踏み込んで考えることができる。それって尊いことだなと思います。

薬丸  答えを出すのは本当に難しい。明示したら作者の勝手な思い込みと思われてしまうかもしれないし、一方でうやむやにすると「今までのお話は何だったんだ」と読者に思われかねない。

結城  『救国ゲーム』のエンディングでも、その点はすごく悩みました。この塩梅でいいんだろうか、と。

薬丸  もしまた同じようなテーマを書かれたら、さらにこの先が書けると思います。でも今回の作品はこのさじ加減でいいのではないでしょうか。エンタテインメントの中で国民のほとんどが深くは意識していないテーマを扱って、こういう問題があってこういう解決策があるけれど、それにはまたこういう弊害があって、と提示する。面白い形で、誰も目を向けていないことに目を向けてもらうきっかけを提供することが大事なのだと思います。

結城  そういう端緒としてもらえればうれしいです。

薬丸  社会問題についてよく知りたい人はきっと専門書を読みますからね。そうではない人々にはまずは物語を楽しみながら、登場人物を通じてなにかを感じてもらうことが大事だと思います。

結城  主人公たちと一体となって、問題に向き合ってもらうのがいいのかなと思います。

薬丸  それこそがこういうタイプのエンタメの役割なのかもしれません。

意志の強い人の魅力

薬丸  『救国ゲーム』にでてくる切れ者の公務員の雨宮くんは、今回が初めての登場なんですか。

結城  初めてです。モデルも特にいないですね。バランスボールに乗っている官僚は実際にすぐ隣で働いていましたけど。

薬丸  きっと雨宮くんでまた物語を書くでしょう。それくらい魅力的なキャラクターでした。

結城  できたらうれしいです。

薬丸  ひょっとしてこれまでの作品の中にも出てきたことがあるのかなと思わせるほど存在感がありました。この作品をキャラクター小説としても楽しめる所以ですね。

結城  キャラクターと言えば、薬丸さんの最新刊の『ブレイクニュース』にでてくる野依美鈴も印象的でした。一人でいろんなところに取材に行って独自の目線で報じるユーチューバー。

薬丸  彼女を嫌いだというひともけっこういますけれど。

結城  キャラクターに対して「このひと、嫌い!」と思わせるのはすごい技術なのだと思います。それだけの強さを持っている証拠であり、そのキャラクターの魅力です。

薬丸  たしかに、登場人物の持つ強さはそのまま魅力として読者に捉えられるのかもしれません。

結城  その強さに反発するひともいれば、惹かれるひともいるということですよね。

薬丸  『救国ゲーム』では神楽というキャラクターがもつ覚悟の強さに多くの読者が惹かれたと思います。僕も含めて多くのひとたちがもっていない強い意志を、彼は持っている。そしてそれは『ブレイクニュース』の美鈴も同じです。彼女はもともと弱い人間なのだけれど、どうしてもゆずれないものがあり、それにむかって進んでいきます。

結城  薬丸さんのお話を伺っていて、気付かされました。僕は神楽というキャラクターを、自分自身にもない・強い芯・を持った人物として書こうとしていたんだなって。

薬丸  彼のような強い意志を持った人間がいるから、物語のスケールもとても大きなものになった。あのキャラクターなくては、ここまでの迫力を出せなかったと思いますよ。

結城  自分の中で『救国ゲーム』の裏主人公は神楽なんです。物語を牽引しているのは彼の持つ力強い芯で、読者も彼にひっぱられて物語を楽しみ、考えてほしい。

薬丸  むしろ僕は神楽こそが主人公なのだと思いましたよ。

結城  作者冥利に尽きます。

今じゃないといけない

薬丸  次に書きたいテーマはあるんですか。

結城  今回、国家規模の問題を書いてみて、多くのひとがまだ目を向けていないことにスポットを当てるのは楽しかったです。個人的には世代間の「一票格差」などにも興味がありますね。若年層の人口が絶対数として少ないため、どんなに若者の投票率をあげたとしても上の層には勝つことができない。だから、実質的に若年層には政策の決定権がないとも言える。そんな中、今回のパトリシアのように、若者世代を牽引し「世代別の人口比に応じて一票の比重を変えよう」と世に訴えかける人間がでてきても面白いな、と思います。

薬丸  僕も題材のきっかけは、日々報じられている事柄から出てくることが多いですよね。最近だと、「親ガチャ」という言葉が気になりました。事件でも何でもないけれど、今現在起こっていることでひっかかったことから書きたいなと思うんです。

結城  例えば、迷惑系ユーチューバーと呼ばれる人たちが法に触れそうなことをやっているのをみると、「そんなことやっちゃダメだろ」と思う自分がいる一方で、「実際のところ一般の人はどんなふうに反応するんだろう」という怖いもの見たさに近い興味も覚えます。その矛盾や引っかかりがどうにも気持ち悪くて、それなら作品の中でそれを突き詰めてみようと思った。そうしてうまれたのが「#拡散希望」だったんです。自分が今気になっているものに対する折り合いのつかない怒りや嫌悪を、感じたその時に作品にすることに意味があるのかなと思います。

薬丸  本当にそうなんです。『ブレイクニュース』も「#拡散希望」も『救国ゲーム』も、今じゃないといけないんですよね。今出されたからこそ、読んだときに感じられるものがある。来年ではもう遅いのだろうと思います。

結城  一年や二年経つと、下手すると『ブレイクニュース』の美鈴のようなひとはもういるかもしれませんよね。

薬丸  全然珍しくないじゃないか、と。

結城  そういった鮮度が求められる作品を、今このタイミングで世に出せて良かったなと思います。

薬丸  他方で小説はずっと残るものでもあります。特に『救国ゲーム』には10年後にだって読まれるだけの強さがある。旬だけど、これからも評価される作品です。

結城  大先輩の薬丸さんを前にして言うのもおこがましいけれど、賞のために書くよりも自分自身が満足する作品を作ることがまずは大事なのかと感じます。これなら読者も満足してくれるだろうと胸を張って出して、運が良ければ賞などの結果に結びつく、くらいに思っておいたほうが良いのだろうな、と。

薬丸  僕も賞をとるまではほしいなと思っていたけれど、いまはもう自分がどれだけ面白いと思えるものを作れるかを大事にするようになりました。そういう意味でフラットかもしれない。賞をいただけるにこしたことはないけれど、あまり目の前のことに一喜一憂しすぎないようにしています。いいことも悪いことも不意に巡ってくる。だから本当に変わらず、粛々と、地道にやっていくしかないですね。

結城  心に刻みます。

薬丸  昔、来日したジョージ・クルーニーが放った言葉でとても心に残ったものがあってね。「お前はだめだと言われてもそんなことはないと思え。お前はすごいと言われてもそれほどでもないと思え」。そういうことが大事なのかな、と思うんです。でもきっと、結城さんは大丈夫な気がしますね。

結城  そうだといいんですが。

薬丸  本当に超有望な新人さんなので、これからの活躍を楽しみにしています。

 ***

薬丸岳(やくまる・がく)
1969年、兵庫県生まれ。2005年、『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2016年、『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞、2017年、「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。最新刊『ブレイクニュース』(集英社)ジャーナリストを自称するユーチューバー・野依美鈴。彼女の正体に迫りながら、パパ活や指殺人などSNS時代の社会問題に切り込む。

結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)
1991年、神奈川県生まれ。2018年、『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。2021年、「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。著書に『プロジェクト・インソムニア』がある。最新刊『救国ゲーム』(新潮社)限界集落で起きた奇妙な殺人。手段も動機もわからない難事件を通し、東京一極集中時代の地方創生のあり方に一石を投じる。

新潮社 小説新潮
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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