他人との交流さえリスクに 逃げ場ない緊張感で爆発寸前

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

あなたに安全な人

『あなたに安全な人』

出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309029979
発売日
2021/10/27

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

他人との交流さえリスクに 逃げ場ない緊張感で爆発寸前

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 時代の空気をみごとにとらえた小説だと思う。

 舞台は東北の、とある町。新型肺炎の陽性者はまだ県内にひとりも出ておらず、誰もが第一号になるのを恐れる状況にある。

 妙は元教師で、教え子を海難事故で失った過去がある。教師をやめて故郷を離れたが、一年前に帰郷、両親を相次いで失い、実家にひとりで暮らす。東京での暮らしに行きづまった忍は、兄家族に疎まれながら実家の蔵に居候し、便利屋をして食いつないでいる。沖縄新基地建設反対デモの警備中にデモ参加者ともみ合い、結果的に死なせてしまったかもしれないと思っている。

 人を死なせたかもしれないという罪責感から逃れられない、一回りほど年の離れた孤独な女と男。妙が忍に便利屋の仕事を依頼したことでふたりは出会うが、都合よく恋が始まったりはしない。

 自分の事情を相手に話すこともない。感情的な交流はなく、相手が自分を脅かすかどうかを野生動物のように敏感に察知し、たえず相手の出方を窺っている。たがいの利害が一致して一緒に暮らすようになっても、声を出さずにメモや、鈴を鳴らしてやりとりする。

 ふたりの間にはもう一人、死者がいる。妙の家の近くの、廃屋となったクリーニング店の二階に住んでいた本間という男性で、東京からの移住のタイミングが新型肺炎の流行と重なり、コミュニティに排除されて自殺したらしく、本間からの挨拶を避けた妙は、彼の死にも責任を感じている。

 逃げ場のない空気はぎりぎりまで圧縮され続けて、わずかな変化が加わるだけでいまにも爆発しそう。他人とまじわることがリスクになる時代を生きる人間なら誰しも感じるこの緊張は、リアルすぎて読むのがつらくなるが、誰かと生きることへのわずかな希望を感じさせて小説は終わる。

新潮社 週刊新潮
2021年12月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク