『女系の教科書』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
余分なことは書かない“洒落た”家族小説 キスの描き方
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「接吻」です
***
藤田宜永『女系の教科書』の最後のほうに、森川崇徳が白石温子とキスをするシーンが出てくる。崇徳が温子の部屋を訪ね、入籍しようと言いだすくだりだ。
森川崇徳は六十二歳。出版社の元役員で、いまはカルチャーセンターで文芸講座の講師をしている。白石温子は医学ジャーナリストで五十三歳。仕事で知り合って交際している、という関係である。
キスしたあとの一行は、
〈翌朝、温子の作った朝飯を食べてから母の病院に向かった〉
となっていて、細かなところは省略。余分なことは書かないのである。
この『女系の教科書』、冒険ハードボイルドから出発し、のちに恋愛小説に転じた藤田宜永の新しい方向を示した作品だった。異色の家族小説である。
前作『女系の総督』の段階で一緒に住んでいたのは、年老いた母親の基子、崇徳の次女小百合、三女朋香(と夫と娘)、妹麗子の娘香澄。これだけで女五人。さらに姉の昌子がすぐそばに住んでいて、何かあるたびにやってくる。おまけに二匹の猫も牝(ちなみにこの二匹、崇徳に全然懐かない)。いろいろな問題が次々に起きるから、長男の崇徳は大変なのである。
崇徳は、女性関係で問題を起こしたことがあるように、結構だらしがない。その後は真面目だが、その雰囲気は残っている。つまりなかなか洒落た家族小説なのだ。シリーズが二作で終わってしまったのが残念である。