『言えそうなのに言わないのはなぜか』
- 著者
- アデル・E・ゴールドバーグ [著]/木原 恵美子 [訳]/巽 智子 [訳]/濵野 寛子 [訳]
- 出版社
- ひつじ書房
- ジャンル
- 語学/語学総記
- ISBN
- 9784823410796
- 発売日
- 2021/09/13
- 価格
- 4,180円(税込)
書籍情報:openBD
『言えそうなのに言わないのはなぜか 構文の制約と創造性 Explain Me This』アデル・E・ゴールドバーグ著(ひつじ書房)
[レビュアー] 飯間浩明(国語辞典編纂者)
記憶が決める 言い方
英語で作文をすると、理屈は通りそうなのに、「実際の英語ではそうは言わない」と直されてしまうことがあります。本書の原題にも使われた「Explain me this」(これを私に説明して)もそのひとつ。「Explain this to me」というのが一般的な表現だそうです。
なぜ前者でなく後者が使われるのか。「そういう見えないルールがあるのだ」と説明する研究者もいます。たしかに、英語の辞書を見ると、何行にもわたって語法の説明が書かれています。「explain」のようなラテン語起源の動詞には、前者の文型は使われないらしい。
でも、英語を話す人が、辞書にあるルールを一つ一つ暗記しているとも思えません。本書の著者は別の考えを述べます。母語話者は、ことばに関する膨大な記憶を、一部抽象化しながら頭に蓄積します。頭の中では、似たような表現がクラスタ(まとまり)を作っています。たとえば、「動詞+to+対象」の形を取る表現のクラスタがあって、その中に「Explain this to me」も記憶されているわけですね。
母語話者は見えないルールに従っているのではなく、自分が見聞きしたことばの記憶に基づいて話しているというのは、理解しやすい説明です。初めにルールありきではないので、新しい状況に即して、ことばを創造的に使えるのです。著者は、言語の習得・運用にまつわる不思議を鮮やかなイメージで説明しています。
著者の考え方を日本語に当てはめてみましょう。たとえば、「現状に鑑(かんが)みる」「現状を鑑みる」というふたつの言い方があります。どちらも伝統的な形ですが、「鑑みる」が、頭の中で「(~に)基づく・即する」と同じクラスタに入っている人と、「(~を)考える・踏まえる」と同じクラスタに入っている人がいて、それで両方の言い方があるのでしょう。私たちの話す日本語を考えるためにも、参考にしたい研究です。木原恵美子他訳。