『アジアの多重戦争1911‐1949 日本・中国・ロシア The Wars For Asia 1911‐1949』S・C・M・ペイン著(みすず書房)
[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)
世界史の中の3つの戦争
太平洋戦争開戦から80年。日本ではあの戦争の呼称すら未(いま)だ確定せず、世界史のなかでどう位置づけるのかも定まっていない。1931年の満洲事変、37年に始まった日中戦争、39年にヨーロッパで勃発した第二次世界大戦、これらの戦争を一つの歴史として捉えて理解されることはない。
実は、アメリカでもナチス・ドイツと戦ったヨーロッパでの戦争と日本と戦った太平洋での戦争は別々に考えられがちで、しかもアメリカ中心史観のためロシア(ソ連)や中国の役割はほとんど無視される。また、ロシアや中国でもイデオロギーやナショナリズム、政治体制が邪魔をして一面的な歴史解釈に陥っている。とにかく、アジアで起こった戦争が世界史と関連していかなる構造を持っていたのか、そして現在の世界にどのような影響を与え続けているのか知らないことが多すぎる。
著者は、戦争の起点を11年の辛亥(しんがい)革命に求め、49年の中華人民共和国建国による国共内戦終結までの時代を視野に収める。そして、この時代の根底に中国の内戦を位置づけ、その上に31年の満洲事変から37年の日中戦争に繋(つな)がる日中紛争を地域戦争、さらに41年に勃発した日米戦争を世界戦争と位置づけ、この3つの戦争が終わること無く重なり合ってアジアの近現代史を形成していると指摘する。
多重戦争を通して日米露の中国に対する野心や期待はことごとく外れた。そして、中国でも日本の侵略に耐え抜いた国民党は共産党に追われ、漁夫の利を得て勝者となった共産党も建国後の大混乱を引き起こす。著者によると、勝者は誰もおらず、無数の中国人民の犠牲だけが積み重なっただけだったと手厳しい。
やや古い既存論文からの引用が多く、ときに先走った事実の解釈や辛辣(しんらつ)な人物評については議論が分かれよう。しかしながら、第二次世界大戦がすでに歴史となったヨーロッパと異なり、アジアではまだ歴史となっていない理由を探るうえで本書は多くの示唆を与えてくれる。荒川憲一監訳、江戸伸禎訳。