『生る』
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<東北の本棚>童話の力で今を考える
[レビュアー] 河北新報
題名の「生命誌」は、ゲノムを基本に、38億年に及ぶさまざまな生き物の歴史と関係の物語を読み取ろうとする学問だ。JT生命誌研究館(大阪府高槻市)名誉館長の著者が提唱した。
著者は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生後、よりどころを求め、花巻市出身の童話作家宮沢賢治の本を読み直し、手元に置くようになった。本書は、コロナ禍や地球温暖化問題で社会が再び転換点を迎えた今、賢治の童話の力を借りて、新しい生き方を考えようと執筆した。
取り上げた童話は「セロ弾きのゴーシュ」や「なめとこ山の熊」など。イチョウの実の物語「いてふの実」など命の輝きを描いた作品がある一方、食用肉として飼われる豚の物語「フランドン農学校の豚」など食と死に正面から向き合った話もある。
興味深いのは、生命誌と賢治作品に多くの共通点がある点。両者は科学への関心が高いが、科学によって進んだ近代化が人を幸せにするかについては疑う。生命誌では人間もクマもトラもゲノムを解析すればつながりがあることから、同じ生物の異なる存在としてとらえるが、このような視点は賢治の童話の世界にも見られるという。
著者は「人間は生きものであり、自然の一部」と強調する。自然を壊す行為は内なる自然である体と心も壊すと指摘。農業は自然支配の第一歩だったと持論を述べる。
賢治はゲノムを知らなかったが、直感で自然の物語を読み取り、現在の科学研究を先取りしていたという。本書はそんな天才作家の先見性と奥深さ、魅力を伝えると同時に、物語の中に今を生きるヒントがあることを示唆する。文中の言葉を借りれば、それは、足るを知り、謙虚に生きるということかもしれない。(裕)
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藤原書店03(5272)0301=2420円。