松田優作や樹木希林たちとの「食卓の光景」がよみがえる

レビュー

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もういちど、あなたと食べたい

『もういちど、あなたと食べたい』

著者
筒井 ともみ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103807032
発売日
2021/12/22
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

あのひとはこんなふうに食べていた

[レビュアー] 窪美澄(作家)

窪美澄・評「あのひとはこんなふうに食べていた」

名脚本家・筒井ともみさんが〈食事〉を鍵に松田優作、向田邦子、樹木希林さんらを回想した『もういちど、あなたと食べたい』を刊行。作品の読みどころを作家・窪美澄さんが紹介します。

 ***

 映画『それから』や『阿修羅のごとく』、テレビドラマ『家族ゲーム』や『脱兎のごとく 岡倉天心』などなど、綺羅星のような作品群……筒井ともみさんが、風通しのいい、それでいて、どこか硬質な青……例えて言うなら東京の冬の空のような脚本や文章を書き、レシピ本を出すほどの料理上手、ということは、あえて私が書かなくても皆さんご存じのとおりだと思う。

 そういう筒井さんが、今はもうこの世にいない方々と共に食べたものにフォーカスしながら、その人の記憶を辿り、もう一度一緒に食べたいという思いを文章にまとめたこちらの本。おもしろくないわけがないじゃないですか。登場人物を辿ってみよう。加藤治子、松田優作、深作欣二、北林谷栄、久世光彦、和田勉、岸田今日子、向田邦子、樹木希林……。錚々たる顔ぶれであり、名だたる日本の名映画、名ドラマを支えた俳優、クリエーター総出演である。

 松田優作さんと食べたカウンターのお寿司、久世光彦さんと食べたビーフステーキ、和田勉さんと松本清張さんと食べたもずく雑炊、佐野洋子さんがチャチャッと作った野菜の炒め煮。誰もがその人らしいものを食べるものだな、と油断していると、北林谷栄さんが頼んだ宅配ピザという変化球もあり、どの章も飽きさせない。

 エピソードすべてが鮮やかにその光景が頭に浮かぶのは、やはり、名脚本家の手による文章だからだろう。俳優とは深いつきあいはしない、とも書かれてはいるが、やはり、脚本家としての人を見る目は、「……幼い私はそんな大人たちを、竹で編んだ行李の中に坐って、じっと観察していた」と本書にもあるように、筒井さんの子ども時代に培われたものだろうと思う。

 食以外のエピソードも興味深い。例えば、京マチ子さんが仕事を終えて、一人、部屋に閉じこもってすること。それはぜひ本書で読んでいただきたい。怖さと同時に想像を絶するような美しさがそこにはある。加藤治子さんが、樹木希林さんに「やっちまえ」とたきつけられてあることをするエピソードもすごい。とりわけ、森雅之氏。日本映画ファンにはおなじみの俳優で、なんだかただならぬ色気がある人だけれど、この人はいったい……と思っていたが、やはりそういう事情がおありだったとは。深く納得。こうしたエピソードが筒井さんの筆にかかると、その人となりが、くっきりと輪郭を持ってこちらに迫ってくる。それと同時に、こんなに魅力的なこの人はもういないのだ、というせつなさも胸に浮かぶ。

 そのなかでも、私はやはり女性、なかでも筒井さんの伯母である俳優の赤木蘭子、そしてお母様の話が印象に残った。筒井さんが幼い頃、精神の均衡を崩し始めてゆく伯母の姿。色とりどりのビタミン剤や胃腸薬、鎮痛剤で「おはじき」をする描写など、やっぱりどこか薄ら怖くて、それでいてとびきり美しい。

 そして、おとなしく真面目な母が、伯父や伯母に懇願され、試行錯誤して作った朝鮮漬け。どんな気持ちでお母様がそれを作り、彼らに供していたのだろう。白菜の白と、唐辛子の赤のコントラストと共に、会ったことも見たこともない人であるのに、筒井さんのお母様はどんな感情を日々、笑顔の下に押し込めて暮らしていたのか、それが目に浮かぶようだ。東京生まれ、東京育ちの筒井さんの文章は安易なセンチメンタリズムからはるかに遠いものであるけれど、だからこそ、お母様のことを書かれた文章がいちばん胸に響いた。

 同書には、筒井ともみ、というひとりの女性がどうやって脚本家として独り立ちをしていったのか、その過程を辿る自叙伝としての色合いもある。人を押しのけ、獰猛にチャンスを物にしていく、といった生き方とは真反対の美意識に貫かれている。どんな大人物が来ても、大きなチャンスが来ても、筒井さんは動じない。しっかりと食べ、生き、そして、いつも「ささやかな自由とひそやかなプライドを心に抱いて」自分のなかに起きるかすかな変化を見逃すことがない。人としての生き様はそれで十分、と言われているようで、肩に入った力がすーっと楽になっていく。

 だって、どう生きるかは、どう食べるかでしょう? めくるページの向こうから、筒井さんは何度も読者に語りかける。読みながら、風通しのいい文章の向こうに、温かなおいしい湯気を感じる。冬の読書にこれほど最適な一冊はない。

新潮社 波
2022年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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