中江有里「私が選んだベスト5」

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  • 剛心
  • 7.5グラムの奇跡
  • 土になる
  • 日刊イ・スラ 私たちのあいだの話
  • 一汁一菜でよいという提案

書籍情報:openBD

中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 木内昇『剛心』。明治の建築家、妻木頼黄の姿を周囲の人々の視点から多角的にあぶり出し、近代日本の国づくりに迫った一作。幕臣の父を亡くし、苦労を重ねた妻木は十代で単身渡米、建築の才を発揮し、帰国後、井上馨の「官庁集中計画」に参加する。

 妻木は建築界のカリスマ的存在として偉業を成し遂げ、多くの人の心を掴むが、孤高の存在として謎めいてもいる。そばにいる妻のミナが夫の理想や心情に度々触れ、感化される様子が微笑ましい。

 国会議事堂建築をめぐる辰野金吾との対比は興味深い。新しい政治が行われる象徴の場を建てることは、新しい日本の作り方にも繋がる――日本の象徴に関わりたい野心家の辰野に対し、議院建築に拘りながら、名を上げようとしない妻木。彼が目指したのは江戸の再興。欧米に対抗できる美しい日本の姿であった。

 砥上裕將『7.5グラムの奇跡』は就職先が決まらず、やっと受け入れてくれた町の眼科で視能訓練士としてスタートを切る野宮恭一の成長を描く。不器用な野宮を厳しくも優しく導く医師や同僚との交流。患者たちの目に関する悩み。「見える」こと、「見える」検査といった描写しにくい画を美しい文章にしていく。

 目のトラブルが起きると、「見える」ことが当たり前のようで実は奇跡的なことだと感じる。「見える」奇跡を知ることで、野宮が変わっていく様子が清々しい。

 坂口恭平『土になる』。躁鬱病の著者は苦手な西日が差す時間に外へ出ないようにしていたが、畑の都合に合わせて、西日を浴びながら畑仕事をするようになったら、何かが変わった。

 畑仕事に休みはない。著者は毎日畑の世話をして、文章を書き、絵を描く。その繰り返しの日々は単調に見えて、様々な起伏がある。いつも顔を出す猫の様子、育っていくスイカにカボチャ、とうもろこし……まったく畑仕事に縁がない私に代わって、著者が耕してくれているような気持になる。土の匂いがするよう。

 イ・スラ『日刊イ・スラ』。ブログやSNSが広まり、誰もが書くようになった現代、韓国人の著者は学資ローン返済のために毎日文章を書いて売り始める。半年分をまとめた本は母国でベストセラーとなった。

 二十七歳の著者の恋人や家族、友だちとの淡い交わりが瑞々しく描かれ小説のようでもある。

 でもそこにある現実は生々しい。「今のところ誰の遺伝子とも結合したくない」と、恋人と話し合った末に子宮内避妊具を入れるなど自分の身体や心を徹底して自覚して描写する。その視点の鋭さに刺激を受けた。

 土井善晴『一汁一菜でよいという提案』はタイトルから心掴まれる。食べる楽しみを再発見し、一汁一菜は「システム」で「美学」、そして日本人の「生き方」だと気付く。豊富な料理写真も楽しい一冊。

新潮社 週刊新潮
2021年12月30日・1月6日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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