• プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
  • 残月記
  • 火守
  • 東京ゴースト・シティ
  • キンドレッド

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大森望「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、デビュー長編『火星の人』(映画『オデッセイ』原作)でいきなりホームランをかっ飛ばしたアンディ・ウィアーの最新作。『火星の人』の語り口に本格SFのアイデアを大幅増量した、年間ベスト級の傑作だ。

 時は近未来。太陽エネルギーがなぜか急激に減少していることが判明。このままでは地球の気温がどんどん下がり、数十年後には人類が滅亡する。この未曾有の宇宙的災害の原因究明が上巻のキモ。下巻では、その災厄を回避する一縷の希望として宇宙に送り出された主人公が、襲い来る危機また危機にDIY精神で立ち向かう。なんだよ、また『火星の人』パターンか。と思いきや、今回は“たったひとりの冴えた相棒”とのバディもので、このコンビがまた最高に楽しい。そして迎える完璧なエンディング。いや、堪能しました。ものすごく古典的な話なのに、書きっぷりは2020年代の最新モード。カジュアルでライトなのに、ラストはしみじみ胸に沁みる。

 対する日本SF代表は、小田雅久仁9年ぶりの新刊、『残月記』。月をめぐる独立した3つの中編から成る。「そして月がふりかえる」は、少しだけ違う並行世界に迷い込んだ男の話。「月景石」は、月面から見た風景のような模様の奇妙な石に導かれ、驚くべき世界を体験する物語。この2編もすばらしいが、白眉は全体の半分以上を占める表題作。

 物語は“月昂”と呼ばれる感染症が広まった2048年の日本で幕を開ける。感染者は独裁政権により厳重に隔離されているが、主人公は剣道の実力を買われて、剣闘技大会の闘士にスカウトされる。それは、満月になると超人的な体力を発揮する感染者同士を闘わせる壮絶なゲームだった……。漫画的にも見えるこの設定から、信じられないほど切なく美しい愛と正義の物語が紡がれる。

『火守』は、『三体』の劉慈欣がiPadで一気に書き上げたという童話。主人公は、愛する女の子を救うため、東の果ての島に住む火守のもとを訪ねた少年。空に昇って星を治すべく、少年は火守と一緒に鯨の歯や骨でロケットをつくり、鯨の脂肪から鯨油をとる……。劉慈欣版『星の王子さま』みたいな寓話だが、ディテールへのこだわりが著者らしい。日本版は池澤春菜が翻訳を担当。原書のBUTUの挿絵にかわって、漫画家・西村ツチカが繊細なタッチのイラストを描き下ろしている。

 バリー・ユアグロー『東京ゴースト・シティ』は、コロナ禍の最中に書かれた東京滞在記風の幻想コメディ。現実に著者が東京で出会った実在の人物と一緒に、植木等、太宰治、永井荷風、宍戸錠、福澤諭吉、鈴木清順、松尾芭蕉、イアン・フレミングなどなど古今東西の文化的英雄の幽霊が多数出没し、おもちゃ箱をひっくり返したようなドタバタ劇をくり広げる。

 最後の『キンドレッド』は、アフリカ系アメリカ人の女性SF作家オクテイヴィア・E・バトラーが1979年に発表した代表作。76年のLAに暮らす黒人女性デイナは、血の絆に呼ばれるようにして、奴隷制時代(19世紀前半)の南部にくりかえしタイムスリップする……。長く品切れだった名作が邦訳刊行から30年を経て文庫化。圧倒的な筆力でぐいぐい読ませる。

新潮社 週刊新潮
2021年12月30日・1月6日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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