• 真・慶安太平記
  • 塞王の楯
  • あの春がゆき この夏がきて
  • 熔果
  • 黒衣の聖母

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縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『真・慶安太平記』は、作者の作家生活三十年記念作品である。由比正雪の乱を推理作家の慧眼と確かな史観により新たな地平で展開した堂々たる歴史巨篇だ。泰平時にどう平和を守るかをテーマに、詳述はできないが、正雪の正体にも工夫が凝らされ、クライマックスにおいて男たちが久能山に走る段になると、読んでいる当方も興奮を隠せない。作者の次なる三十年を約束する輝かしき一巻である。

『塞王の楯』を読むと、私は作者の志の高さに心が震える。はるかトルストイの昔から、優れた一群の作家たちは、祈りにも似た思いで世の中から戦争を亡ぼすために作品を紡いできた。本書に描かれている、絶対に破られない石垣を造ればこの世から戦さを無くせると信じている戦国の石積み職人・穴(あの)太(う)衆と、どんな城でも破壊できる砲を作れば恐怖で戦さを終焉に導くことができるという鉄砲職人・国友衆の対決は、正にそうしたテーマを今日に伝えている、といっていいだろう。感動の一巻である。

『あの春がゆき この夏がきて』は、現代ものに転じた乙川優三郎の最高傑作。伯父のことば、「汚いものばかり見ていると目も汚れる、そんなときこそ美しいものを探せ」と養父の生き方を胸に、究極の装幀づくりを志し女性との出会いと別れを繰り返す、美の巡礼者としての主人公が作中を闊歩していく。こうしたテーマは巻末の表題作へ向けて収斂していき、ラストは正に箴言に次ぐ箴言。最後の一行へ向けての作者の集中力は凄まじいほどだ。私は他誌で本書についての長文の書評を書いているが、その行為は、作者の文章を前に、自分はどれだけ手垢のついたことばを使わずに稿を終えることができるか、その対決であったことを告白しておく。

『熔果』は、五億円の金塊をめぐって悪党たちが織り成す一大ノワールだが、帯に“西日本中の悪党が”(傍点引用者)と書いてあることからも分かるように、「こりゃあ、関西弁のオンパレードやないけ」と、こっちも妙な台詞を口走りたくなる。無論、軸となる物語は用意周到に進められていくのだが、何やら、この関西弁の洪水に乗せられて、大部の一巻を読み終わったという感が強い。

 ラストは鬼才の待望の復刊『黒衣の聖母』である。戦争の惨禍の中で繰り広げられる人間の美しさから醜さまで、そのすべてがここに集約されている。全十篇どれをとってもハズレはないが、私が特に注目したいのは名品「さようなら」である。異様な状況下を描いたこの作品の何という美しさであろうか。さらに表題作の人間の聖と俗を取り込んだミステリとしての完璧さよ。2022年、風太郎生誕百年を前に是非とも読んでおきたい一巻だ。

新潮社 週刊新潮
2021年12月30日・1月6日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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