宇宙飛行士は“究極のテレワーカー”!? 野口聡一が語る、コロナ時代の働き方のヒント

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宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術

『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』

著者
野口 聡一 [著]
出版社
世界文化社
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784418216024
発売日
2021/12/02
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

宇宙飛行士は“究極のテレワーカー”!? 野口聡一が語る、コロナ時代の働き方のヒント

[文] 世界文化社


アパレルメーカーBEAMSと約1年がかりで作ったブルースーツ。(C)Yoshihito Sasaguchi(SIGNO)

 宇宙飛行士の野口聡一さんが2021年5月、日本人宇宙飛行士として初めて民間宇宙船で地球に帰還した。地上400Kmの宇宙と地球をつなぎ、リアルタイムでやり取りをする様子はまさに「究極のテレワーク」だったという。

 今回が10年ぶり3度目の宇宙飛行となった野口さんに、最新の宇宙飛行事情や宇宙観光への展望、リモートワークで「心を孤立させない」過ごし方について伺った。(2021年12月取材)

――まずは今年(2021年)5月、日本人宇宙飛行士として初めて、民間宇宙船で地球に帰還されました。日本だけでなく、世界でも大きなニュースになりましたね。

2020年11月にフロリダのケネディ宇宙センターから飛び立ち、国際宇宙ステーション(以下ISS)に約5カ月半滞在しました。今回は私にとって10年ぶり、3度目の宇宙飛行で、しかもアメリカの民間宇宙企業「スペースX」のクルードラゴンが本格運用して初めての飛行。これまで私たち宇宙飛行士は、アメリカ航空宇宙局(NASA)やロシアのロスコスモスなど、国策として開発した宇宙船で宇宙へ行ってきましたが、今回は初めて民間宇宙船で地球とISSを往復することから“宇宙新時代の幕開け”とも言われ、早くから注目を浴びていました。

――野口さんが搭乗されたクルードラゴンには、「レジリエンス」という名が付けられました。

初号機にだけ、名前を付ける名誉にあずかるんです。そこで私たちクルー(乗組員)4人であれこれ意見を出し合って、「レジリエンス」と名付けました。強じん性、と訳されるこの言葉には、復活への強い意志、困難を乗り越える力、そしてしなやかに状況に対処していく柔軟性という意味が込められています。

2019年末、宇宙飛行まであと半年余りとなり懸命に訓練をしていたころ、突然、新型コロナウイルスが現れ、ものすごい速さで世界中に感染が拡大しました。皆さんがステイホームしていたのと同じように、私も家から一歩も外に出られず、画面越しでの訓練ややりとりが主流となった時期もありました。打ち上げも延期になり、モチベーションを保つのに苦しんだこともありました。しかし私たちクルー4人は宇宙に挑戦することをあきらめませんでした。多くのかたに困難な目標に立ち向かう姿をお見せすることで、明日へのきぼうを感じていただけたら、という意気込みでこのミッションに臨んでいたのです。そんな私たちの思いを象徴する言葉が「レジリエンス」でした。

――実際に搭乗された新型宇宙船・クルードラゴンはいかがでしたか?

船内はまず、全体の色のトーンが白と黒で統一されてとてもスタイリッシュ、まるでショールームのようです。操縦席には大きなタッチパネルがあって、そのときに必要な画面だけが現れて、指一本で操作できるようになっています。私がこれまで搭乗したスペースシャトルやソユーズは、3000個はあろうかというボタンと計器類がずらりと並び、1つの作業に1つのボタンを使うため、まずボタンの配置を覚えることからのスタートでした。それを思うと、タッチパネルでいくつもの作業ができる、一機多用の時代になったんだなぁと感心しました。私はこれを「黒電話からスマホへ」と呼んでいます(笑)。


クルードラゴン船内で仲間たちと。宇宙服は従来より格段にフィット感と軽快さがアップ。(C)NASA

――大きな窓にも驚かれたようですね。

はい。従来よりもかなり大きな窓がつけられていて、宇宙観光を意識した造りになっています。宇宙から地球に戻るときの大気圏突入で、宇宙船は3000℃ぐらいの熱にさらされるため、本来は窓のような開口部はできるだけ作りたくありません。しかし観光客の視点で考えると、船外の景色を楽しめないと満足できませんから。ちなみに私が地球に帰還するとき、大気圏突入の際に窓から入ってきたオレンジの光がとてもまぶしくて、船内がパーッと明るくなったのも印象的でした。

――今回上梓されたご著書『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』(世界文化社刊)では、サブタイトルに“究極のテレワーク”というフレーズがあります。これはどういうことでしょうか?

ISSに滞在している間、宇宙と地球をつないで、リアルタイムのイベントやテレビ番組に出演させていただきました。そのときに何度か「宇宙での仕事は、”究極のテレワーカー“」とお伝えしたところ、大きな反響をいただきました。多くのかたはあまりご存知ないかもしれませんが、私たちは宇宙へ仕事をしに行っています(笑)。朝から夕方まで、分刻みで科学実験やさまざまなミッションがスケジューリングされ、目が回るような忙しさなんです。

月曜日から金曜日は、毎朝7時半ごろ地上にいる日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)担当者とテレビ会議で当日の作業確認をし、一日のミッションが終わった午後6時ごろ、再びテレビ会議で地上に締めの報告や連絡を終えたらその日の仕事が終了。勤務時間中はカメラが回っていて、地上の担当者が作業の進捗状況を確認したり、問題が起きていないかをチェックしています。さらに一つ一つの作業の開始と完了時にパソコン上で記録をします。これって、地上で行う「テレワーク」や「打刻」に似ていませんか? 隣の部屋であろうと地上400kmにあるISSであろうと、離れた場所で、対面でなく指示を受けて仕事をこなす、宇宙飛行士も皆さんと同じ“テレワーカー”なんですよ。

――驚きました! 私たちが緊急事態宣言で行動制限がされたりステイホームが強いられ、閉塞感の中で生活していたことに共感していただけるのですね。

もちろんです。宇宙滞在中は、究極の職住接近。朝起きたら、そこは職場です。しかも気分転換にちょっとだけ外出するわけにもいかない(笑)。家族や友人と会うこともできない。狭い空間の中、同じ仲間たちと半年近く暮らす閉鎖環境にあるので、コロナ禍によるステイホームの大変さや孤立する切なさが、痛いほどよく分かるのです。

ただそのときに、距離的には離れていても“心理的に孤立しない”ことが大切だと気付きました。ステイホームが強いられたとしても、人間同士のつながりや社会との関係において自己の存在感を認識することができれば、孤立せずにいられると思います。ですから私は、週末などの休みを利用して日本の友人たちに電話をして日本語を話したり、SNSなどをアップして皆さんからのコメントを読んだりすることで、リフレッシュしていたように思います。

――私も、野口さんがツイッターやユーチューブで届けてくれたリアルな宇宙の姿を楽しみにしていました。

10年前のISS滞在時よりも通信環境がめざましく改善されたことが大きいですね。前回はツイッターに静止画1枚をアップするのが精いっぱいでしたが、今回は大容量の画像や4Kで撮影した動画もストレスなく送れるようになりました。人工衛星を介した科学技術の発展のたまものですが、もちろんこれはユーチューブのために設けられたものではありません(笑)。先ほどお話したように、NASAやJAXAとの連絡は、オンラインを使って行われるのが日常です。たとえば、毎朝のテレビ会議をスムーズに行ったり、科学実験のマニュアルともいうべき「手順書」をスムーズに送受信したり、科学実験の様子を地上に生中継したり、地上から400kmの宇宙に浮かびながらも地上とそん色ない通信環境で結ぶ必要があるからです。

今回ユーチューブを始めたのは、このように環境が整ったこともありますが、将来的に宇宙観光時代が来たときに、地上と同じように宇宙でもユーチューブを配信できることをお伝えしたい、という狙いもありました。

今回の滞在でアップしたツイッターでは、2021年2月16日、北海道が爆弾低気圧に覆われて宇宙からまったく見えない写真の投稿に1145万件以上の一番インプレッション(投稿表示回数)があり、反響ナンバーワンでした。宇宙からカメラでとらえた地球の姿は、私の地元・茅ケ崎や雲海の中の富士山など日本だけでなく、カリブ海のサンゴ礁、ギザのピラミッド、サハラ砂漠、ヴェネツィア、など世界中におよび、各国からもたくさんのコメントをいただきました。


これがツイッター人気ナンバーワン。「今日の北海道。いやマジで」(C)Soichi Noguchi

――ユーチューブでいちばん驚いたのが、真空の宇宙に飛び出して動画で自撮りをした映像でした!感動しました。

私は光栄なことに、船外活動をアサイン(指名)されていたので、この様子をダイレクトに伝えられないかと考えていました。船外活動は言うまでもなく生死の境目をさまいかねない危険を伴う作業なので、ギリギリの方法で、自撮りや漆黒の宇宙に浮かぶ青い地球、一緒に船外活動を行ったケイト・ルービンス飛行士などを約1分間、動画で撮影しました。反響も大きく、「ちょっとその辺いくノリでめちゃめちゃ凄い」といったコメントもいただきました。真空の宇宙で動画を撮影し、それを宇宙で編集し、宇宙からユーチューブにアップロードしたので、正真正銘の「ウーチューバ―」と言えるのではないでしょうか(笑)。


船外活動の自撮り動画からSNSを通じて宇宙と私たちを繋げてくれた。(C)Soichi Noguchi

――今回の宇宙飛行で2つのギネスを認定されました。ひとつは、15年214日ぶりの船外活動ですね。

はい。ふたつの船外活動における最も長いインターバル(Longest time between spacewalks)という認定です。私が初めて宇宙へ行った2005年、40歳のときに3回の船外活動を行い、今回はそれ以来、55歳での挑戦でした。船外活動は自分でやりたくてできるものではなく、その時の活動内容をかんがみて、あらかじめアサインされるものです。生死がかかる過酷なミッションなので事前訓練も厳しく、何度も「今の自分に、無事に船外活動ができるのか」「過去の実績ではなく、いまこのときに15年前と同じ活動ができるのか」と自問自答したものです。それでも無事に活動を成功させ、こんなふうに認定されたことで、経験と知識によって体力的な部分を補うことができる、という手ごたえを感じました。50代なかばに差しかかったいま、まだまだ挑戦をあきらめない、という思いを持っています。

――ふたつめは、3通りの着陸方法で宇宙から帰還した最初の宇宙飛行士での認定ですね。

はい。最初はアメリカのスペースシャトルで、滑走路に降り立ちました。2回目はロシアのソユーズで草原地帯に着陸、そして3回めのクルードラゴンでは、フロリダ州沖のイルカが泳いでいた海の上に着水しました。これは私個人の偉業ではなく、日本という国にとって大きな意味がある認定でした。自国の宇宙船を持っていない日本人が、アメリカとロシアの宇宙船3種類に搭乗できたという事実。この国が外交を通じて各国とうまく連携し、国際協調ができたからこそ成し遂げられたものです。宇宙開発には、軍事的な理由も存在することは否定できませんが、少なくとも宇宙に行くときは人類を代表して、お互いに協力し、お互いの命を守る運命共同体としてひとつにまとまれたらいい。ISSは実際にそのような場所になっています。

――『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』は、読んでいる私まで宇宙体験をしているような躍動感があって、引き込まれました。

何冊も本を出していますが、これまではどちらかというと子ども向けのものが多かったんですね。しかし今回は「働き方」がメインテーマなので、大人のかた、とくに日々忙しくしているビジネスマンに読んでほしいと思っています。そのため、一つ一つの場面がイメージできるよう、細かく描写することでスッと頭に入って、ストレスなく読み進められることを大切にしました。そのまま、マンガやドラマの原作になるような感じでしょうか。

 民間宇宙船に搭乗した様子、船外活動でまさに生死をさまようような危険体験をしたときの対処法、ISSでの働き方、これまであまり語られてこなかった宇宙飛行士の“労務管理”、そしてテレワークをうまく行うための秘策など、実社会にもそのまま役立つヒントがたくさん詰まっていると思います。ほかにも、ISSの仲間たちとの付き合い方、閉鎖環境でのリフレッシュ法、私が宇宙飛行士を目指すようになったきっかけ、宇宙体験による内面の変化、飛行後の“燃え尽き症候群”をいかに乗り越えたかなど、宇宙飛行士のさまざまな側面を知っていただくことができる1冊になりました。

――今年は、“宇宙新時代”が一気に訪れましたね。12月には「ZOZO」創業者の前澤友作さんたちが民間人として初めてISSに12日間滞在するなど、宇宙がグッと身近な存在になりました。

今年は、まさに民間人の宇宙飛行が相次いだ年でした。私たちが5月に地球に帰ったあと、7月にイギリス「ヴァージンギャラクティック」、アメリカ「ブルーオリジンが」相次いで高度80~100kmクラスの宇宙飛行に成功しました。いずれも数分程度、ふわっと浮かぶ無重力を体験したあと、地上に戻ってくる旅でしたが、世界中で大きな話題となりました。ちなみに「どこからが宇宙か」という意味で厳密な定義はないのですが、アメリカ空軍では80kmより上を、一般には大気がほとんどなくなる100kmより上を宇宙と呼んでいます。

そして9月、クルードラゴンが地上400kmのISSよりもさらに上、約585kmの周回軌道を3日間回りました。驚くことにクルー4人全員が民間人、NASAとスペースXの管制センターから遠隔操作による自動操縦を実現させたのです。こんな時代になったんです。ちなみにこのクルードラゴンは私たちの登場した初号機を改修、再利用したもので、観光用に窓はさらに大きくとられていました。

また10月には、ロシア人女優と映画監督が宇宙飛行士を伴い、ISSと地上との往復に成功、ISSで12日間の撮影に臨みました。この女優や映画監督、そして12月にISSに滞在した前澤さんたちは、私たち宇宙飛行士と同じような訓練を数ヶ月にわたって行い、テストをくり返しながら最終合格して宇宙へ行ったのですから、大したものです。

――宇宙観光時代が目の前まで来ていることを実感しますね。

本当に面白い時代に居合わせていると思います。民間企業が参入することで、アメリカとか日本とかではなく、国家間の垣根を越えて、世界的な視野で宇宙事業に携わることができます。今後、宇宙観光が盛んになり、滞在日数が多くなる本格的な宇宙飛行が増えていくと、知識と経験を積んだプロの宇宙飛行士が“ガイド”として同乗し、非常事態にも対応する必要が出てくることでしょう。私も将来、水先案内人の仕事に就いているかもしれません。経験者として宇宙に関わっていく道がどんどん広がっていると思います。

宇宙はこれまで、宇宙飛行士など特定の人たちが行く場所でしたが、今後はますます誰もに開かれた場所になっていくことでしょう。宇宙観光の未来像がとても楽しみです。

世界文化社
2022年1月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

世界文化社

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