『ナチ・ドイツの終焉 1944‐45 The End』イアン・カーショー著(白水社)
[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)
止められなかった戦争
第一次世界大戦でドイツは連合軍を国土へ一歩も踏み入れさせなかったが、内部から自壊して戦争は終わった。しかし、第二次世界大戦ではどんなに戦況が悪化して多くの国民が犠牲になっても、国土が徹底的に破壊されるまで戦争が終わらなかった。なぜか? ナチズム研究の大家である著者が抱き続けてきた疑問に向き合ったのが本書だ。
なぜ誰もヒトラーの狂信的振る舞いを止めてドイツを徹底的な破壊から救えなかったのか。著者はナチ政権幹部、国防軍上層部といった政治指導層だけではなく、連合軍と戦う前線部隊の指揮官、支配の末端を担うナチ地方幹部や行政職員、さらには戦禍に巻き込まれる一般市民にまで目を配り、1944年以降のドイツが崩壊する様を重層的に浮かび上がらせる。
ドイツの徹底的な抵抗は、連合国が無条件降伏を求めたからではなく、暴力を背景にした強力なナチ体制に国民が屈従させられていたからでもない。一方、国民が最後までナチ体制を支持していたわけではないが、体制を転覆させる意志までは持っていなかった。そして、政治指導層は個々人がバラバラにヒトラーと結びついていただけで集団的意思によって戦争を停止させる力を持っていなかった。結局、ヒトラーのカリスマ性を支持したさまざまな階層のメンタリティーが絡み合って誰も戦争を止められなかったことを明らかにする。
著者はナチ・ドイツの特異性を強調するが、この姿は日本にも当てはまる。政治指導部の戦局や国際政治に対する希望的観測、国民の戦争に対する意識まで共通項は多い。沖縄で住民を巻き込んで起こった現実は日本の特殊事情ではない。
日本でも、原爆が落ちる前に戦争を止められたのではないのか、といった疑問はいまでも根強い。しかし、戦争において歴史のifは無意味であり、問題の本質から目を逸(そ)らすだけだ。地位にかかわらず多くの人間は今起きていることしか見えず、明日のことすら想像できない。この残酷な現実を本書は私たちに突きつける。宮下嶺夫訳。