『夜が明ける』西加奈子著(新潮社)

レビュー

6
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夜が明ける

『夜が明ける』

著者
西 加奈子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103070436
発売日
2021/10/20
価格
2,035円(税込)

書籍情報:openBD

『夜が明ける』西加奈子著(新潮社)

[レビュアー] 長田育恵(劇作家)

闇に抗う二人の奇跡

 本を閉じた後も、瞼(まぶた)の裏に彼らの残像が鮮明に焼き付いている。身体にまとわりつく重油のような闇の中、懸命に抗(あらが)い続けた彼らの姿が。

 本書は「俺」と深沢暁(あきら)、ふたりの15歳から33歳までの軌跡と絆が描かれる。俺は異形の風貌(ふうぼう)にひどい吃音(きつおん)の暁と出会い、フィンランドの映画俳優に似ていたことから「お前はアキ・マケライネンだよ」と告げる。暁は幼少期から母親のネグレクトに遭ってきたが、その言葉から人生に意味を見出(みいだ)す。暁は現実を脱ぎ捨てアキとして生きようとし、その生命力は、常闇の最奥から、俺の人生をも掬(すく)い上げていく。

 暁が残した日記を俺が紐解(ひもと)く形で、彼らの人生が語られ始める。厳しい状況が続く。子供は生まれてくる家を選べないが、一人親の貧困家庭で育った暁は、自身の存在が他人を苦しめると呪縛を与えられてきた。また父親の死によって奨学金という借金を背負った俺にも、同級生たちの笑顔は遠いものになる。それでも暁はアキ・マケライネンに近づくため小劇場の劇団に入り、俺は報道の仕事に就くことを目指し小さな制作会社に入る。過重労働が課される現場、ハラスメントも横行し、ふたりはそれぞれの道で心と命を削られ、闇に追い込まれていく。

 苛烈な軌跡だ。けれどこれがフィクションだと片付けられない現実を私たちはとうに知っている。本当に救済が必要な人さえも、自己責任という言葉で断罪する現実を、物語の中の彼らが、魂から血を流しながら訴えかけてくる。

 著者は5年をかけてこの物語を書き上げた。油絵具の筆跡で描かれる残酷な闇が苦しい。その闇は社会が作り出したものだ。だが著者は同時に、闇を抜け出す道もまた人と人との繋(つな)がりにあると示す。本書の最後には奇跡が待っている。それを有り得ないこととは思えない。人は想(おも)いを持って生き抜いてさえいれば、誰かに影響を及ぼしていくものだから。繋がりの果てからやってくる夜明けの光が、あまりに眩(まぶ)しい。

読売新聞
2021年12月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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