「どうにか短編の枚数に収めて仕上げた、飛び切り濃密なミステリー」 矢樹純『マザー・マーダー』刊行記念エッセイ

エッセイ

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マザー・マーダー = MOTHER MURDER

『マザー・マーダー = MOTHER MURDER』

著者
矢樹, 純, 1976-
出版社
光文社
ISBN
9784334914363
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

詰め込む力 『マザー・マーダー』著者新刊エッセイ 矢樹純

[レビュアー] 矢樹純(作家)

 良い加減というものが、ずっと分からないままだ。

 五人家族の晩ご飯をもう十数年作り続けているが、カレーやシチューやおでんといった大鍋で作る料理の具材の適切な分量が分からず、毎回具を入れすぎて鍋からあふれてしまう。

 空間認識能力が低いのだろう。知らない街を歩けば必ずと言っていいほど道に迷う。ナビアプリを使っても迷う。北西に進めと言われても自分がどの方角を向いているのか分からない。都会の真ん中でコンパスアプリを起動させたりする。

 この能力の低さのために日常生活を送るのが人より大変だ。そのことにはもう慣れたし諦めているのだが、これが仕事に関する場面で、負の方向に発揮されると困ったことになる。

 自分は小説家になる前は漫画原作者として活動していた。連載用に五話分のエピソードをと頼まれてシナリオを書くのだが、自分が五話分のつもりで書いたシナリオは漫画家さんがネーム(原稿の前段階の下描き)に起こすと六話分になってしまい、いつも調整するのに苦労していた。

 そして同じことが小説家となってからも続いている。短編ミステリー一話分のつもりで書いたプロットが、いざ原稿にしてみると短編の枚数に収まらない。入れようと思っていたエピソードやトリックがあふれてしまうのだ。この取捨選択をしなくてはいけないのが、とてもつらい。だから自分は、ある能力を高めることにした。それは《詰め込む能力》だ。

 このたび発売される連作短編集『マザー・マーダー』は、連載中、毎回あふれそうになる具材を力技で鍋に詰め込み、どうにか短編の枚数に収めて仕上げた、飛び切り密度の濃いミステリーだ。慣れない方は胸焼けしないように、ゆっくり味わっていただきたい。そしてミステリー好きの方には、「ここでさらにこのトリックを入れてくるとは……」と呆れつつ楽しんでもらいたい。どんな方にとっても、きっと満足していただける一品にできたと思う。

光文社 小説宝石
2022年1・2月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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