元素創造にとりつかれた人びと、二つの物語 東京理科大教授が読みどころを語る

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元素創造

『元素創造』

著者
キット・チャップマン [著]/渡辺 正 [訳]
出版社
白揚社
ジャンル
自然科学/化学
ISBN
9784826902304
発売日
2021/08/16
価格
3,190円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

新元素ニホニウムはいかにして創られたか

『新元素ニホニウムはいかにして創られたか』

著者
羽場 宏光 [著]
出版社
東京化学同人
ジャンル
自然科学/化学
ISBN
9784807909872
発売日
2021/12/17
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

超重元素創造の物語

[レビュアー] 宮村一夫(東京理科大学教授)

 19世紀後半から20世紀の初頭にかけて、メンデレーエフの提唱した周期表の穴を埋めるべく、欧州を中心に新元素の発見を目指した研究が盛んに行われた。当時は、天然の鉱物からそれまでに知られていない性質の「元素」を抽出する探索研究であったが、自然界に存在する元素があらかた見つかってしまってからは、新元素の探索は加速器を用いて、原子核自体を改変し、創造する時代へと移行した。

 一冊目『元素創造』の原題「Superheavy(超重元素)」は原子番号が103を超える元素の総称。自然界に存在しない元素を創造し、探索してきた歴史をまとめたことを表している。同書は、そんな時代の研究を牽引してきた米国、ソ連(ロシア)、ドイツなどの研究所を綿密に取材し、元素創造の研究現場で活躍した研究者たちの奮闘ぶりを、物語としてまとめたものである(中心になった地域の地図が冒頭にあるが、残念ながら欧州+ロシアと米国のみ)。

 理学の研究は未知を探索する以上、何が見つかるかわからないので、工学の研究とは異なり、通常は競争にはならない。しかし元素創造は理学研究なのに、原子番号という明確な目標があったため、同書を読むと、熾烈な競争があったことがわかる。競争ともなると先陣争いとなり、成果の公表を急ぐあまり、検討不足によるデータの誤認も起こるし、恣意的な研究不正があったことも記載されている。しかし、同書の魅力は、真摯に研究に向き合う研究者たちが、いかにして新しい元素を創り出すか知恵を絞り、新しい手法や技術を開発し、地道な努力を重ねて元素創造に至ったのか、時系列でまとめられているところにある。

 同書は3部構成。はじめの7章の「I ウランの子たち」では1955年の101番元素の発見までが扱われている。超重元素創造が始まるまでの経緯がまとめられているのだが、この時代が原子爆弾や水素爆弾の開発が中心であったことがうかがえる内容だ。ここまでは米国での研究が中心である。続く8章の「II 超フェルミウム戦争」では原子炉から得られる中性子の照射による原子核の改変から、加速器により加速したイオンビームとの衝突による改変へと移行し、発展する過程が記されている。ここから欧州の逆襲が始まり、ロシアの参戦もあって競争の時代が幕をあける。最後の6章「III 化学の果てへ」では、1990年代に始まる110番元素以降の研究が扱われている。118番元素以降の元素では化学的性質が激変する可能性へと話は展開する。

 全21章382ページの同書で日本の理化学研究所に命名権が与えられた113番元素ニホニウムの紹介に、著者は第19章をまるごとあてた。名称確定の2年後、理研に足を運んで取材もしている。アジア初の快挙だった113番命名のいきさつは、日本の読者には元素創造物語のクライマックスといえよう。むろんその内容は、もう一冊の本に詳しい。

二冊目『新元素ニホニウムはいかにして創られたか』は、理化学研究所(理研)で実際に研究に携わった研究者によるニホニウム研究の記録である。113番元素探索の困難さ、研究における幸運、そして別の戦略をとる欧米の研究機関との手に汗握る競争の様子がわかる貴重な書である。10年近い探索で理研において3個のニホニウム原子しか確認されていないことからも、研究の困難さや幸運の存在がうかがえるだろう。

 2冊の本がともに記載しているように新元素探索の歴史のなかには、日本にとってとても残念な記憶がある。それは1908年に小川正孝教授が新元素として報告したニッポニウムである。後の研究で小川は新元素を発見していたことは確認されているが、原子番号を誤認して報告したため、発見が取消されてしまったのである。当時の小川の研究資料は元素探索の歴史において、わが国が深く関与したことを示す貴重な史料として日本化学会の化学遺産に登録されている。

 欧米との競争に打勝ち、小川の無念を晴らして国名を冠した元素が命名されるに至った、記載されている経緯には、化学遺産認定にかかわった一人として、読んでいて熱く込み上げてくるものがあった。今後の研究戦略にもふれられており、一読の価値がある書である。全11章、176ページ。

現代化学
2022年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

東京化学同人

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