人間の感情や行動は時代を超えて地続きだ——春日太一『忠臣蔵入門』レビュー【評者:山本亮】

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人間の感情や行動は時代を超えて地続きだ——春日太一『忠臣蔵入門』レビュー【評者:山本亮】

[レビュアー] 山本亮(大盛堂書店)

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■人間の感情や行動は時代を超えて地続きだ――春日太一『忠臣蔵入門』レビュー

■【評者:山本亮】

 春日太一は自著にサインを書くときに、必ず名前の傍らに「温故知新」と記している。「故きを温ねて新しきを知る」、文字通り昔から使われてきた言葉だが、当たり前すぎて何を今さらと思う人もいるだろう。それでも春日は本が出るたび何遍も書いている。その様子を刊行のときに当店でサインを入れているのを毎回横で見ていると、常に忘れないように自らの身体に言い聞かせて刻み込んでいるようにも感じられるのだ。
 忠臣蔵という三百年以上も色々なジャンルに大きな影響を与えた物語が、あまり人々の口の端に上らなくなったのはいつからなのか。例えば十数年前、あるラジオ番組によくゲスト出演していた文楽の太夫が「もはや中年の女性にも忠臣蔵は通じない」と嘆いていたのを思い出す。現在でもその傾向は変わらないだろうし、さらに知らない人が多くなっているだろう。そういった現状を踏まえた上で、今回刊行された『忠臣蔵入門』は、映像作品において長年積み重ね培われた魅力を余すところなく著した本だ。
 まず冒頭、著者は次のように綴る。

〈「忠臣蔵」を全く知らない人はゼロからでも入れるよう、
大まかに知っている方は「なるほど、そういうことだったのか」と納得できるよう、
詳しい方には「そうそう、そういうこと」 「え、そういうこともあったのか」と再確認してもらえるよう、
批判的な方には、その誤解を解いていただけるよう、
――と、さまざまな方々に「忠臣蔵」の魅力を知っていただきたい。そんな想いで企画しました。〉

 本書はあえて一言でいえば、とても親切な本ということに尽きる。これまで映像化された数少なくない映画・テレビドラマの見どころや制作された背景、出演俳優について色々な考察を入れながらも、噛み砕いた普段着の文章に乗せて、とにかく肩ひじ張らず読んで欲しいというサービス精神にあふれている。また「新書」で刊行されているのも重要なポイントだ。著者のキャリアで重要な位置を占めて力を入れてきたこのジャンルによって、入門的でありながらより掘られた考えや事柄も同時に味わえるちょうど良いサイズとなっている。そこも著者の狙いの一つなのだろう。
 さらに読み進めていくと史実をもとにした忠臣蔵が、フィクションとしてもノンフィクションとしても時代を経ながら様々な視点に応えてきた素材であり、形を変えながら輝きをつねに放っていることに改めて思い至らされる。時代の風刺と関係性、群像劇としてそれぞれの意図や世相に影響されて制作されている過程が興味深い。また大石内蔵助や浅野内匠頭などを演じる出演俳優の魅力や、役どころのパワーバランスの解説も読みどころだ。特に第三章の「キャラクター名鑑」と題した章は必読。剣豪、豪傑、二枚目、下働き、美少年……。各作品、力を入れて配役され演じられた主役脇役を観ながら、俳優や役柄を身近に感じたり、好みを見つけたりして楽しむ懐の深さを知ることができる。
 しかし一方で、なぜ現代ではその魅力があまり語られないのだろうか。時代にそぐわなくなったなど色々な意見があるなか、著者は次のようにシンプルに記している。

〈作られなくなったから馴染みがなくなった。それだけのことです。〉

 もちろん制作する上で大掛かりなセットを組み、制作側が社運をかけてオールキャストで臨むことによる金銭面の難しさも理由だが、その意味でも各時代で新陳代謝をしながら観客が自分を投影できるこの作品を、新作としてリアルタイムで観ることができない、もったいなさ、歯がゆさを感じる。決して「昔は良かった」的な懐古趣味に落ちることがないどの世相にも即してきた柔軟さ、またこれまで多くの観客たちに身辺や心のうちに起こった出来事を、大石をはじめ義士や周囲の人物の苦悩や喜びに重ねながら、人間の心情をあまねく描き続けてきた、手を抜かない、いや手を抜けない作品であることが著者の筆致から痛感できる。
 さらに自身の考えや思い入れをすぐに吐き出すか、またはずっと心に留めてここぞというときに表に出すのか。長い年月の間、人々が思い悩み、喜び、争いの種を生んできた答えのない問いだ。もちろん現在、例えばSNSでもそうだろう。その意味でも様々なサンプルがそろっている忠臣蔵の存在によって、人間の感情や行動は時代を超えて地続きであり、今に至っていることを思ってみても良いのかもしれない。そう感じながら観て参考にすることで、これから世の中がより良い方向へ向かうヒントが、今回著者が忠臣蔵をテーマに描いた「温故知新」に詰まっているのではないだろうか。読み終えた後にそれまで思っていた以上に心の奥底へ響くはずだ。また本書を手に取った方は、『時代劇入門』(角川新書 2020年)以降の著者の本も、ぜひ読んで欲しい。時代劇など今昔の素晴らしい映像作品を中心に、どんな人にとっても間口を広く、いつでもその魅力を感じられるように、そして興味を持ってもらえるように、春日太一らしい心づくしにあふれた仕事に触れることができる。

■【作品紹介】

忠臣蔵入門 映像で読み解く物語の魅力 著者 春日太一 定価: 990円...
忠臣蔵入門 映像で読み解く物語の魅力 著者 春日太一 定価: 990円…

廃れてしまってはあまりに惜しい! 愛され続ける「庶民の娯楽」を大解剖
浄瑠璃や歌舞伎にはじまり、1910年の映画化以降、何度も何度も作られ続ける『忠臣蔵』。実は時代によってその描かれかたは変化している。忠臣蔵の歴史を読み解けば、日本映像の歴史と、作品に投影された世相が見えてくる。物語の見所、監督、俳優、名作ほか、これ一冊で『忠臣蔵』のすべてがわかる!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322010000743/

KADOKAWA カドブン
2021年12月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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