【聞きたい。】森下典子さん 『青嵐の庭にすわる 「日日是好日」物語』 樹木さんとの時間は財産
[文] 三保谷浩輝
20歳で始めたお茶が人生の喜びや試練に寄り添ってくれた。そんな自伝エッセーが「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」のタイトルで映画化、平成30年秋に公開された。主人公・典子のお茶の先生を演じた樹木希林さんら出演者、スタッフとの出会いを通じ、自らの人生を見つめ直したのが本書だ。
映画では原作者、出演者に加え、撮影でお茶の場面をチェックし「OK」を出す指導役も務めた。
「指導役は、今思い出しても心臓をギュッとつかまれるほどの緊張感。でも、映画をみんなで作るんだという澄んだ空気が現場に流れていて気持ち良かった」
樹木さんは当時すでに病気を抱えていたが、「大丈夫よ、この映画を撮るまでは」と意気込みを見せ、完成後の記者会見まで終えて逝った。撮影中は気さくに控室へ招く一方、濃茶の点前をたった3回見ただけで演じる「神業」も。公開にも目を配っていたという。
「やると決めた映画に最後まで丹精込めてかかわった。仕事をするってそういうことなのよと教えられた。樹木さんと過ごした時間は財産です」
樹木さんがセリフを口にすると、「台本の言葉の、奥の奥にある意味が立ち上がってきて」目の覚める思いがした。そして、ある場面の撮影中、涙が止まらなくなった。
「ぼろぼろ泣きました。その心境を自分で理解したくて、この本を書いたともいえる。20歳だった自分が、いつの間にか、あの頃の先生の気持ちが手に取るように分かる年齢になっていたという感慨です」
自身の著作からは「年を取るのも悪くない」という人生の味わいが伝わる。本書も「還暦を過ぎても新しい体験、出会いが財産になる」と教える。
「明日に向かって人が元気に歩いていける。これからも、そういうものを書いていきたい」(文芸春秋・1650円)
三保谷浩輝
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【プロフィル】森下典子
もりした・のりこ エッセイスト。昭和31年、神奈川県生まれ。日本女子大在学中から週刊誌にコラムを執筆。映画化された『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』や『いとしいたべもの』など著書多数。