博多vs福岡を極彩色絵巻に描く「がめ煮」的奇想小説

レビュー

3
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博多さっぱそうらん記

『博多さっぱそうらん記』

著者
三崎 亜記 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041109861
発売日
2021/11/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

博多vs福岡を極彩色絵巻に描く「がめ煮」的奇想小説

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 さっぱそうらん、即ち滅茶苦茶。

 三崎亜記『博多さっぱそうらん記』は、大胆な奇想小説である。ラジオの朗読劇のために書かれた作品が、このたび小説としてお色直しの上、出版された。三崎は福岡県出身、博多が舞台のご当地小説でもある。

 福岡市で働く福町かなめは中学時代からの友人であった綱木博と再会を果たす。九州鉄道発祥の地でもある旧博多驛は現在公園になっている。そこが再開発されることになり、デザイナーの博が派遣されてきたのだ。二人にはかつて、恋人になりかけたが不幸な偶然から別れてしまったという過去があった。その際かなめが発した「よかよ」の言葉が、博にとっては心の傷になっている。「よかよ」は、肯定にも否定にも使えて便利な博多弁だが、誤解も生みやすい。

 二人の前に存在しないはずの博多ナンバーの車が出現し、異形の者が往来し始めるなどの異変が起こる。かの地には町人主体の博多と武士の住む福岡、二つの街文化が同居していた。明治時代になって市名を決める際にも紛糾し、博多派が折れたという歴史があったのだ。現実を侵食し始めたのは博多至上主義の羽片世界である。何者かの歪んだ思念が福岡市を乗っ取ろうとしていた。

 作中で言及される通り福岡=博多は「がめ煮」、つまり「寄せ集めて、良かとこばかり受け継ぐ」文化の街だ。それが「博多の象徴になる公園やけん、博多の人間しか入られんごとせんといかんな」という狭量な考えによって汚染されていく。まるで現代日本の縮図を見ているようだ。

 三崎は街に存在するさまざまな名所旧跡を盛り込んで、極彩色の絵巻を作り上げた。旧黒田藩の都市計画にまで話は及び、福岡=博多の歴史と文化の全体図が浮かび上がる。

 都市の多様性は、多くの人生が蓄積して出来あがったものである。その否定は自身の成り立ちを無視することに等しい。さっぱそうらん、実に結構。みんな、賑やかに生きろ。

新潮社 週刊新潮
2022年1月13日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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