酒と酒場とミステリ 酔いが謎を運ぶのか 人恋しさが罪を生むのか

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • ゴールデン街コーリング
  • 八百万の死にざま
  • 花の下にて春死なむ 香菜里屋シリーズ1〈新装版〉

書籍情報:openBD

酒と酒場とミステリ 酔いが謎を運ぶのか 人恋しさが罪を生むのか

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 馳星周は一九九六年に『不夜城』(角川文庫)で小説家デビューして以降、国内における暗黒小説の浸透と拡散に多大な影響を与え続けてきた作家である。『ゴールデン街コーリング』は、馳の犯罪小説家としてのルーツが垣間見える、自伝的な青春ミステリだ。

 大学生の坂本俊彦は、コメディアンであり書評家でもある斉藤顕に憧れを抱き、斉藤が新宿ゴールデン街に構える酒場〈マーロウ〉でアルバイトを始める。しかし実際の斉藤はたいへんな酒乱で、坂本をはじめ店に来る人間に対して暴君のような態度を取る人物だった。

 斉藤顕のモデルは、日本冒険小説協会の創設者であり、今も営業する〈深夜+1〉の店主だった故・内藤陳だ。憧れの人物に幻滅を抱きつつ、馳の分身である坂本は斉藤とは異なる犯罪小説観を作り上げていく。本作は成長小説でありながら、小説論のぶつかり合いを描いた作品でもあるのだ。

 作中では殺人事件が発生し、坂本が街を歩きながら真相を探るという、古典的な私立探偵小説のプロットが使われている。様々な人との会話のなかで若者が変化し、理想と現実のあいだで揺れながら大人への階段を昇る姿が眩しい。

 ミステリ、特に私立探偵小説のジャンルにおいては、酒に溺れてしまう主人公を通して人間の弱さと向き合う作品が多く描かれている。例えばローレンス・ブロックの〈マット・スカダー〉シリーズは、ある事件が切っ掛けでアルコール依存症に陥った無免許の私立探偵の人生を辿る物語で、『八百万の死にざま』(田口俊樹訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)は主人公スカダーと酒との関係を描いた内省的な作品だ。

『ゴールデン街コーリング』のように酒場が舞台となる作品もミステリには多い。謎解きの分野で代表的なシリーズと言えば、『花の下にて春死なむ』(講談社文庫)にはじまる北森鴻の〈香菜里屋〉である。路地裏にひっそり佇むビアバー「香菜里屋」に客が持ち込む謎を、マスターの工藤が解き明かす安楽椅子探偵もののシリーズだ。豊富な謎のバリエーションと、食の描写が各編に彩りを添える。

新潮社 週刊新潮
2022年1月13日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加