『すばる』は表紙が『呪術廻戦』キャラで入手困難に

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『すばる』は表紙が『呪術廻戦』キャラで入手困難に

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


『すばる』2022年1月号

 1月号の文芸誌各誌は穏やかな空気に包まれている。なんだかんだ言ってそこを中心に「文壇」が回っている芥川賞候補作へのノミネートが片付いた直後であるのも影響しているだろう。野心を秘めた新人の小説はわずかで、中堅・大家の気負いのない短篇が多く並ぶ。

 新年号は短篇競作という慣習も近年は薄れ、各誌思い思いの特集を組んでいる。

『すばる』の特集は「呪」。同社の漫画誌『週刊少年ジャンプ』連載中の大ヒット作・芥見下々『呪術廻戦』の劇場版アニメ公開を受けたものだ。人気キャラクターである夏油傑を起用した表紙が話題を呼び、発売されるや品切れとなって、入手困難が続く好評ぶりだ。

『文學界』の「笑ってはいけない?」も大きな特集で目を引いたが、『すばる』ともども文学直球では特集が組みづらくなった状況を映しているようにも見える。

 彩りを添える短篇小説は、「呪」というテーマが功を奏したか、『すばる』が面白かった。藤野可織「お祝い」は、新しい生を祝う言葉は呪いの予言でもあるという二重性をグリム童話「いばら姫」に引っ掛けた、藤野らしい好短篇。小山田浩子「種」は、子供の排便が止まったのは飲み込んだスモモの種が栓をしているからではないかとの強迫観念に取り憑かれた母親の「私」が、ついに出た子供の便に手を突っ込み種を探るに至る軽い狂気を描く。夫への不満、仕事のストレスなど生活を薄く覆う不安が、種を核に呪いに変化し「私」を縛るのである。

 特集以外では、橋本治の文体を「普通の人が普通の人を対等に啓蒙」し「孤独から解放する力を再び活字に与える」ために橋本が自らに課したミッションとして読み解いた千木良悠子「橋本治と日本語の言文一致体」(文學界)が、橋本に導かれた一読者の視点からの得がたい評論だった。

 春の凪のような文芸誌とは裏腹にネットでは文芸関係の炎上事件が相次いだ年末だった。中でも書評家の豊崎由美が、出版業界総出で命運を賭けるかの勢いで依存を深めているTikTok書評に苦言を呈したのを発端に起こった論争は、出版の抱える問題が幾層にも重なった事件だったように思う。

新潮社 週刊新潮
2022年1月13日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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