スポーツの潜在力を経済学が掘り起こす!――『経済学者が語るスポーツの力』著者が語る

インタビュー

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経済学者が語るスポーツの力

『経済学者が語るスポーツの力』

著者
佐々木 勝 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165854
発売日
2021/10/11
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

スポーツの潜在力を経済学が掘り起こす!――『経済学者が語るスポーツの力』著者が語る

[文] 佐々木勝(大阪大学大学院経済学研究科教授)

スポーツが生活・社会にもたらすプラスの影響を、わかりやすい言葉で解き明かす『経済学者が語るスポーツの力』。

著者の佐々木勝大阪大学教授へのインタビューをお届けします。

スポーツの研究を始めたきっかけ

――はじめに、なぜスポーツの経済学の研究をされようと思われたのか、きっかけを伺ってもよろしいですか。

佐々木 本書の第6章「企業がスポーツ・チームを持つのは得なのか?」でも取り上げた研究を、ある企業から頼まれて、研究を始めました。もちろん、以前からスポーツには興味がありましたし、当時からJournal of Sports Economicsなどのスポーツの経済学研究を扱った論文を読んでいました。

――先生ご自身もスポーツの経験はあったのですか。

佐々木 中学・高校では陸上をやっていまして、幸運なことに、国体やインターハイに出場する機会に恵まれました。

――競技種目は何だったんですか。

佐々木 主に中距離(800メートル)でした。中学・高校時代の陸上経験は自分を成長させてくれたと思います。その経験がなかったら、今の自分はなかったのではないかと思います。

スポーツの経済学とは

――それでは、スポーツの経済学とはどういうものなのか、簡単に説明していただいても、よろしいですか。

佐々木 教科書もいくつか出ていて、代表的なものが、M. A. Leeds et al., The Economics of Sportsです。この目次を見ると、大きく3つに分かれています。

 1つ目が、スポーツを運営している企業の行動に着目したトピックです。スポーツ市場において、利潤を最大にするために必要な企業の行動や戦略を扱います。また、コンペティティブ・バランスはスポーツの経済学の分野でよく議論されます。スポーツのリーグで1チームだけが強いと面白くないので、いかに参加チームの競争力を均等化するかといったことです。

 2つ目が公共経済学に関するトピックです。オリンピックなどのメガイベントの費用対効果を測るなどのテーマを扱います。スポーツの経済学の中でも社会的な関心を集めるトピックの一つだと思います。

 3つ目が労働経済学に関するトピックです。生産性と賃金の関係や差別などが扱われます。スポーツの良いところは、生産性や成果のデータが成績として記録されているので、データが入手しやすいということです。また、スポーツの世界では、フリーエージェント制にも見られるように、労働者(選手)が自由に労働移動をすることができない状況にあります。つまり、企業が労働者に対して独占力を持っているわけです。そういった制度の必要性や弊害についても議論されます。

 以上がスポーツの経済学の大枠ですが、主にはミクロ経済学の手法を使ってスポーツに携わる企業や選手の行動や選択のメカニズムを分析していく分野だと言えると思います。

――スポーツの経済学が対象とするスポーツには、どのような種目が多いのですか。

佐々木 やはりアメリカの四大スポーツ――アメフト、野球、バスケットボール、アイスホッケーでしょうか。ただ、アイスホッケーはあまりないかもしれません。また最近はサッカーも多くなってきていると思います。本書では、野球やバスケットのほかに、マラソンなどの陸上競技や、ゴルフ、クリケットを扱った研究などを紹介しています。

認知スキルと非認知スキルの両方が必要

――さまざまなテーマを扱っているスポーツの経済学ですが、本書で特に注目したテーマはありますか。

佐々木 第1章・第2章で取り上げている「非認知スキル」です。人的資本の蓄積というと、認知スキル――学力の向上を図る教育――ばかりが着目されますが、そうじゃないんだということを伝えたいと思いました。社会で成功するためには認知スキルと非認知スキルの両方が必要だというのが、メインのメッセージです。

 そして、非認知スキルを習得する一つの方法としてスポーツがあること、特に若いころのスポーツの経験は非常に重要であるということです。また、もしかしたら世間はスポーツの効果を過小に評価しているんじゃないかという問題提起も含んでいます。当然、スポーツだけじゃないことは、本の中でもたびたび指摘していますが。

東京オリンピック・パラリンピックで考えさせられた「垣根」

――2021年は、「2020東京オリンピック・パラリンピック大会」が開催されましたが、印象に残っているシーンはありますか。

佐々木 まず、一番印象に残ったのは、男子100メートルの準決勝で、中国の蘇炳添(ソ・ヘイテン)選手がアジア新記録の9秒83を出して決勝に進出したことです。力強い走りで、2位と大きな差をつけてゴールして、個人的にはすごく衝撃的でした。決勝はさすがに疲れていて、9秒98で6位でしたが、本人も準決勝にかけていたと言っていたようなので、満足していると思います。

――今回は「多様性と調和」が基本コンセプトとされ、いろいろな観点から議論されましたが、先生はどういった点に注目されましたか。

佐々木 考えさせられたのは、「ジェンダーの垣根」や「オリンピックとパラリンピックの垣根」でした。トランスジェンダーの女性の選手が重量挙げの競技に出場したり、パラリンピックの走り幅跳びで金メダルをとったマルクス・レームが当初はオリンピックに出場したいと言っていたりしましたよね。

 レームの申請は却下されましたが、本当の共生社会を達成するには、オリンピックとパラリンピックを分けるのではなくて、一緒にやるべきなんだと思います。ただ、実際にどうやってやるんだというと、なかなか難しい話ですが。

 一つ参考になるのはスキージャンプかなと思います。距離ではなくて、ポイントを競っていますよね。距離もポイントには含まれますが、空中姿勢なども含まれますよね。また、吹雪になると、スタートラインを低くしますが、当然飛距離が短くなります。そういった状況をポイントで換算して、調整していますよね。ということは、ほかの競技もポイントで調整することで、パラ選手も参加することができるようになるんじゃないかと思います。そういったルール作りをすれば、同じ土俵に立つことができるんじゃないかと思いました。

 ただ、100メートル走など、勝者が明確にわかる競技だと、オリンピック選手とパラリンピック選手が一緒に走って、オリンピック選手が先にゴールしたにもかかわらず、ポイントでパラリンピック選手が勝ったという状況も起こりうりますよね。そうなると、勝者がわかりにくくなって、観ている方も腑に落ちない。一方、走り幅跳びなどであれば、遠くから見ているかぎりでは、どちらが遠くに飛んだかは瞬時にわかりにくいので、可能なのかなと思ったりもします。

 いずれにせよ、ルール作りは大変です。スキージャンプも実際にはルールが改正されて、日本人選手が不利になったりもしています。

東京オリンピック・パラリンピックで考えさせられた「格差」

佐々木 そういった「垣根」の問題に加えて、今回は「格差」についても考えさせられました。

 スポーツで勝てる人は、スポーツしやすい環境にいたからこそ勝てたのではないかと思いました。スポーツができる機会であったり、設備の整った練習場にアクセスしやすかったり、十分な資金があったりしたことが勝因ではないかという思いを持ちました。世界には、ほかにもっと潜在的に能力のある人が大勢いるはずですが、その人がもし整った設備のもと適切な訓練を受けていれば、オリンピックで勝てたはずなのに、そういう機会がないんだろうなと思います。見えないところに、本当のチャンピオンというのがいるんじゃないかと思ったりもします。

 やっぱり、スポーツをするのにはお金が必要なので、お金がある人が有利だという面を強く意識させられました。スポーツの祭典と言いながら、出場している選手の親の所得は比較的に高く、そして親のやる気も高いんだろうなと思うと、格差を感じずにはいられませんでした。

 能力があっても、スポーツの機会にアクセスできない人がいる一方で、アクセスできる人はとことんアクセスできるといった、機会の格差が拡大しているんじゃないかと思ったりもしました。

――そういった経済学の研究などもあったりするんですか。

佐々木 国別データから金メダルの数を各国のGDPで回帰すると、金メダルの数はGDPに強く依存します。経済学者は金メダルの数を予想することがよくありますが、推定式の変数の中でGDPが一番説明力の高い変数だと言われています。

コロナ下におけるスポーツの役割

――オリンピック・パラリンピックもそうでしたが、コロナ下でスポーツのあり方が変わってきていると思います。今後、スポーツにはどういった役割を期待されますか。

佐々木 本書の「おわりに」でも書きましたが、ウィズ・コロナの時代では、オンラインでの人とのやり取りが増えています。そのなかで、相手とコミュニケーションをとるスキルがより重要になってきていると思います。そのため、非認知スキルを鍛えるというスポーツの役割が、今まで以上に求められてくるのではないでしょうか。

 また、コロナ下では体を動かしにくくなっていますので、スポーツは健康維持・向上の観点でもとても重要になってくるでしょう。ただ、スポーツをした方がいいと言っても、なかなか難しいと思います。今回のオリンピック・パラリンピックで活躍した選手や、これから行われる冬のオリンピック・パラリンピックで活躍する選手が、人々のスポーツをする意欲を後押ししてくれるんじゃないかなと思っています。

経済学の力

――最後に、読者の方にメッセージはありますか。

佐々木 高校訪問のときに高校生によく言っているのですが、「経済学」というと、すぐに株価とかGDPのことを勉強すると思いがちですが、そうじゃないんだよと。経済学の知見は人間の選択や行動を説明するのに、非常に有効ですよと言っています。今回はスポーツを取り上げましたが、なぜスポーツをするのか、スポーツにはどんな効果があるのかも、実は経済学の知見を使えばある程度わかるんだよということを、本書を通して感じてもらえれば嬉しいです。

(2021年10月9日収録)

*本稿は抜粋です。全文は有斐閣書籍編集第2部のnoteでお読みいただけます。

(前編)
https://note.com/yuhikaku_nibu/n/n5d0cfb1b6f67

(後編)
https://note.com/yuhikaku_nibu/n/ne539d65c2568

【試し読み】なぜスポーツが経済学の研究対象になるのか? 『経済学者が語るスポーツの
力』はじめに
https://www.bookbang.jp/article/719805

【試し読み】なぜスポーツが経済学の研究対象になるのか? 『経済学者が語るスポーツの
力』1章
https://www.bookbang.jp/article/720174

有斐閣 書斎の窓
2022年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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