『明日、世界がこのままだったら』
書籍情報:openBD
<東北の本棚>生きる意味と幸せ問う
[レビュアー] 河北新報
目が覚めると、そこは生と死の「狭間(はさま)の世界」だった-。死を迎えるはずだったサチとワタルは、迷い込んだ2人だけしかいない異空間で、残酷とも言える究極の選択を迫られる。仙台市出身の著者が紡ぐ長編小説は、生きることの意味、幸せとは何かを問い掛ける。
サチの自宅リビングとワタルのアパートの部屋が合体した「狭間の世界」で、2人は共に生活し、心を通わせる。自分に自信がなく、両親が敷いた幸せのレールを反抗することもなく走ってきたことに疑問を感じ始めたサチ。一方、長男として困窮する実家を助けるために、美容師を辞めて地元に戻ろうとしていたワタル。2人のこれまでたどってきた生活と、共同生活とが、交互につづられていく。
ある日、「狭間の世界」の管理人サカキが現れ、「2人のうち1人だけが、元の世界に生きて戻れる」と告げる。自分が生きたいと思うのと同じくらい強く、相手に生きてほしいと願う。2人の心に芽生える苦しい葛藤に、胸が締め付けられる。
印象的なシーンがある。死の世界「黒」に髪が触れてしまい、引き込まれそうになったサチを、ワタルが自分のカット用ハサミで髪を切って助ける。互いを抱き締め「生きてる」ことを実感するのだ。その先に待つ究極の選択が、本当に恨めしい。
自分以外の大切な誰かを思うとき、自分だったら果たして、どんな選択をするだろうか。結末はある意味すがすがしいが、少し切ない。
著者は1979年生まれ。2012年に「名も無き世界のエンドロール」で小説すばる新人賞を受賞した。本著は、「小説すばる」19年2~9月号で連載した内容に加筆、修正した。(郁)
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集英社03(3230)6100=1870円。