『親しい友人たち』
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女の子が忘れた赤い手帖に書かれていたこと
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「手帳」です
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一九六五年、交通事故のため三十四歳で逝った山川方夫は五十年以上たついまも読まれ続けている。
短篇の名手だった。
「赤い手帖」(『親しい友人たち』所収)は都市生活者の苦い悲哀を描いていて瀟洒な冴えがある。
「彼」はラジオドラマの演出をしている。仕事に飽きがきている。この日もやっつけ仕事で後味が悪い。
夜遅く車で帰る。駆け出しの女優と一緒になる。気やすく誘ってみるがあっさり断わられる。女友達のアパートに行ってみるが留守。
仕方なく新宿の深夜喫茶に入る。若い男女と相席になる。それまでひそひそと話していた二人だが「彼」を気にして話をやめる。
女の子がハンドバッグから赤い手帖を出し、二人は手帖で筆談を始める。
二人の仲の良さを見せつけられた「彼」は寝てしまう。やがて二人は店を出る。手帖を置き忘れた。「彼」は何気なくそれを取ってポケットにしまう。
翌日、手帖を思い出して開いてみる。二人の会話が記されている。「愛してるわ」などと書かれていて、いまいましいような気分になる。
そのあと山川方夫の多くの短篇がそうであるように思いもかけない終わり方をする。若い二人は実は―、結末を書くのは控えよう。
女の子の手帖には愛の言葉とは別に日常のこまごまとした出費が記されている。
ノート40エン、物理参考書210エンなど。ヤキイモ15エンとあるのが高校生らしい女の子のつましい暮しがうかがえて泣かせる。