中国ルポライターが「ウイグル問題」を取材する難しさを語る 「大陸最深部で繰り広げられる悲劇の実態は?」

レビュー

125
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

AI監獄ウイグル

『AI監獄ウイグル』

著者
ジェフリー・ケイン [著]/濱野 大道 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784105072612
発売日
2022/01/14
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

大陸最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむ

[レビュアー] 安田峰俊(ルポライター 立命館大学人文科学研究所客員協力研究員)


安田峰俊・評「大陸最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむ」

中国政府による弾圧が続く新疆ウイグル自治区を描いた書籍が話題となっている。日本語訳が発売一週間で重版となるヒットを記録している『AI監獄ウイグル』(ジェフリー・ケイン著/濱野大道訳)は、“デジタルの牢獄”と化した新疆の実態を、アメリカ人ジャーナリストの著者が膨大な取材に基づき告発した一冊だ。ルポライターの安田峰俊氏は、中国の実情を取材する難しさをふまえて中国の情報統制の実態を論じる。

 ***

 2021年末、私は中国の駐大阪総領事の動向を50日近くにわたり追いかけた。この人物はツイッター上で人権団体アムネスティを「害虫」と呼んではばからないなど、過激な言動で知られる。もちろん、彼いわくウイグル問題は「アメリカなどによる卑劣なでっち上げ」だ。私は総領事館内で本人にインタビューした後、あたかも親中派の記者のように振る舞って、彼と館員たちの行動を追跡した。

 結果は驚くべきものだった。周囲の証言や彼らの言動から判断する限り、中国駐大阪総領事館は、私の素性をろくに調べずに館内に立ち入らせ、取材を受けた可能性が高かった(なお、私は2014年に新疆ウイグル自治区の現地取材で一日に4回拘束されたり、21年に習近平ファミリーの個人情報を暴露したハッカー集団のインタビューをおこなったりと、中国当局に都合のいい仕事はめったにしないライターで、天安門事件に関する著書が代表作だ)。

 さらに、中国の総領事館員たちのプライベートなSNSアカウントや連絡先も複数特定できた。ある若手外交官は、フェイスブックのアカウントに「鍵」(関係者のみに公開する機能)を掛けず実名で利用しており、本人の友人関係に加えて、婚約者の顔と名前と学歴、さらにプロポーズの日時まで不特定多数に丸わかりだった。また別の幹部外交官も、子どもの顔と年齢、さらに両親の顔まですべて筒抜けだった――。

 こうした話を意外に感じるか、言わずもがなと思うか。その人の中国理解が試されるだろう。

 近年、中国について「サイバー監視国家」というイメージが西側社会で定着した。従来のちょっと間抜けでキッチュな中国像は薄れ、冷戦期のソ連さながらの不気味で非人間的なハイテク独裁帝国のイメージが急速に強まった。

 もちろん、私も現代中国のそうした面は否定しない。ただ、中国社会を把握する上で忘れてはならないのが「雷声大、雨点小」(雷音ばかりで雨は少ない)、すなわち掛け声ばかりの見掛け倒しの物事の多さだ。いわゆる“カタログスペック”の強大さと、運用の実態や人員の規律レベルが大きく乖離している事例は、日清戦争前に東アジア最強の海軍力を誇りながら日本海軍に破れた清の北洋艦隊の故事を引くまでもなく、中国では往々にしてみられる。

 事実、たとえば数年前に「善き国民」を選別する中国のディストピア的国民管理システムとして日本でも話題になった社会信用スコア制度は、行政の現場ではあまり有効に機能していない。中国がコロナ封じに比較的成功した理由も、日本でしばしば語られるデジタル独裁体制や「ドローンで消毒液を散布」といった最新技術ゆえではなく、実際は地域の社区(町内会)レベルの党関連組織による草の根活動の影響が大きい(高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実:デジタル監視は14億人を統制できるか』参照)。中国外交官たちの情報セキュリティ意識が、本邦と比較しても相当な“ザル”であることも、すでに書いた通りだ。

 本書『AI監獄ウイグル』が描くように、中国においてウイグル族らの少数民族を対象とした深刻な人権抑圧が存在すること、サイバー技術の普及で監視社会化が大幅に進んだこと自体は事実だ。その両者が複合し、被抑圧者にいっそう過酷な状況が生じたのも確かである。ただ、事態の実際の程度や規模がいかほどか。監視システムがどこまで堅牢で、外からのイメージほど先進的かつシステマティックなのかは、管見では慎重に検討するべき余地がまだ多く残ると思える(もちろん、私がこう考えるのは「中国への配慮」が理由ではなく、リスクの性質と規模はより正確に見積もられるべきだと思うからだ)

 近年の中国の真の危うさとは、当事者側は必ずしも「民族絶滅」や徹底した国民監視体制の実現について確信犯的な意識を持っているとは限らず、むしろ体制維持のための国内世論向けのアピールや、個々の官僚が保身や出世のために取っているだけの行動が(新疆における強制収容所の設置にもそうした面がある)、自国の急速な強大化や中国共産党特有の秘密主義のせいで他国から本来の意図以上に深読みされ、疑惑と警戒を招いている点にこそありはしないか。そこに、往年のジャパン・バッシングの構図とも通じる、欧米ジャーナリズムの東アジアに対する文化的理解の弱さとオリエンタリズムが加われば、おどろおどろしい「サイバー監視国家」中国の姿は容易に立ち現れる。もちろん、そうした描き方も事実の一面を反映してはいるが、私はその一歩先を知りたい。

 本書は、近年の欧米社会における中国の描かれ方のステレオタイプなセオリーを踏まえた上で、新疆の人権弾圧問題とサイバー監視社会の恐怖を描く。普通の聡明な若い女性がAIによって「目をつけられる」。登場するメイセムら、ウイグルの人々へのインタビューは貴重だろう。

 コロナ禍で海外渡航が大幅に制限されるなか、中国大陸の最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむことは容易ではない。その問題の度合について、またそもそもの理由について、先入観や情緒的な高ぶりを排して論じることがいかに大変か。本書は視点のひとつを提供する一冊だ。

新潮社 波
2022年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加