『国家をもたぬよう社会は努めてきた クラストルは語る Entretien avec L’Anti‐mythes』ピエール・クラストル著(洛北出版)

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国家をもたぬよう社会は努めてきた

『国家をもたぬよう社会は努めてきた』

著者
ピエール・クラストル [著]/酒井 隆史 [訳]
出版社
洛北出版
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784903127323
発売日
2021/10/15
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

『国家をもたぬよう社会は努めてきた クラストルは語る Entretien avec L’Anti‐mythes』ピエール・クラストル著(洛北出版)

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

権力、野蛮 再考の出発点

 本書は1974年に『反―神話』誌に掲載された、政治哲学者ミゲル・アバンスールが人類学者ピエール・クラストルに対して実施したインタビュー記事の翻訳である。記事自体は短いものだ。じつは本書の大部分は、彼の思索の細部を当時の思想的文脈を踏まえて考察し、哲学や政治学、人類学の名だたる論者との影響関係を読み解き、その意義を論じた訳者の酒井隆史による「解題」という呼称の論考であり、これが迫力満点なのである。

 クラストルは主著『国家に抗する社会』で、未開社会はその未熟さゆえに国家を欠いているのではなく、国家の出現を積極的に阻止しようとしていること、政治が不在であるどころか、あらゆるヒエラルキーの永続化を拒否するためにめぐらせた複雑な論理と制度によって絶えず政治を行使していることを主張した。この主張はコペルニクス的転回と呼びうる影響を人文社会科学に与えた。

 酒井はまずクラストルが「未開」の思考を文明批判に活用する知的伝統を文脈にし、「社会主義か野蛮か」グループと共鳴していたことを跡付ける。グループは20世紀後半の「リバタリアン社会主義」というべき潮流をなした存在だ。議論は、国家の生成に「抗する」力学を作動させる首長制と戦争、強制的権力と非強制的権力、自発的隷従論へと広がる。さらに、「ひとたび国家が生成したら後戻りできない」とする彼の議論への批判、「いまだ経験したことのない物事を拒絶することは可能か」をめぐる論争を主題化。国家から逃れるための「自己―野蛮化」論や、神や霊などのメタレベルな政体に関する議論を踏まえ、酒井は指摘する。国家化の動きとそれに抗する力学は首長制や戦争に限らず多元的で、強制的権力の胚胎を「先取り=祓(はら)い除(の)け」る力学はミニマムな次元では不滅だ。それこそ、クラストルが「ひとたび生じたら」という「断絶」に固執して開いた地平である、と。

 国家や権力、暴力、野蛮といった概念を根底から再考する出発点となったクラストルの凄(すご)みを堪能してほしい。

読売新聞
2022年1月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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