『フィリア―今道子』写真・今道子、高橋睦郎ほか執筆(国書刊行会)
[レビュアー] 柴崎友香(作家)
「見慣れる」ことで、私達(たち)は普段身の回りにあるものを意識しないように、既に知っている範囲に閉じ込めているのかもしれない。今道子の写真を凝視すると、ごく身近な、毎日目にし、さらには食べてもいる野菜や鰯(いわし)がまったく未知のなにかに見えてくる。
衣服や帽子、人形などに組み合わされ、模された魚や鶏の一部分。モノクロ写真の精緻(せいち)な表現により、質感が変容し、一瞬にして私達が「普通」に押し込めていた感覚をぐらつかせる。グロテスクなインパクトの奥をじっと見つめると不気味な懐かしさや奇妙な愛(いと)おしさ、安らぎが湧いてくる気もする。野菜も魚も鮮度はすぐに移ろうものだが、この写真の中では変化と永遠、生と死などが反転、両義的になり、しばらく時間を隔てると、また違って見える。巻末のインタビューにある幼い頃に心をひかれたものや制作過程の話も、とても興味深かった。