『アスベストス』佐伯一麦著(文芸春秋)
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
永遠の命を求めた古代エジプトのミイラの梱包(こんぽう)材には耐火性に優れ、腐食しにくいアスベスト(石綿)が使われた。語源はギリシャ語でまさに「永久不滅の」だが、それは諸刃(もろは)の剣であった。建材等に幅広く使われた現代、がん、中皮腫などの健康被害が広がり、「静かな時限爆弾」と恐れられる物質となったからだ。
本書は、電気工をしていた20代に石綿の粉が肺に刺さり、胸膜炎の後遺症に苦しむ作家の「せき」など四つの短編小説を収める。年が近い職人の平穏な人生の暗転を、自らの半生と重ねる「うなぎや」は秀逸だ。
主人公の祐二が兵庫県尼崎に生まれたのは「もはや戦後ではない」と言われた1956年。石綿関連工場に隣接する団地5階に思春期に引っ越し、「ええ風が入るわ」と親子で喜び、深呼吸した。高卒後は趣味の映画撮影に興じ、元気にうなぎ職人の修業を重ね、〈串打ち三年、割き八年、焼き一生〉の人生を夢見ていた。それが、いよいよ独立という時に発病、「無念や」と言い、48歳で亡くなる。
ふいに断ち切られた人生に、〈焼き一生〉という格言は、つらく悲しく響く。