『剛心』木内昇著(集英社)

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4
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剛心

『剛心』

著者
木内 昇 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717594
発売日
2021/11/05
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

『剛心』木内昇著(集英社)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

職人たちの総合芸術

 亡き夫と初めて待ち合わせをした、かまぼこ屋根の東急東横線渋谷駅。それが再開発で忽然(こつぜん)と消えたとき、自分の大切な何かを無くした気がした。時は遡って明治の話、内戦や西欧化で江戸の街並みを失った町人たちの喪失感はいかほどだったか。風景は人生の一部、その景色を作るのは建物だ。

 本書の主人公・妻木頼黄(よりなか)は旧旗本の子。天涯孤独となり単身渡米、苦学の末に明治政府に勤める建築家となった。彼が辣腕(らつわん)を振るうのは東京の官庁街、日清戦争で大本営が移された広島、そして立憲政治の要たる議院(国会議事堂)。日本の近代化の歩みを「建物」を舞台に描く壮大な物語である。

 建築は総合芸術だ。綿密な設計、構造、意匠もさることながら、現場で煉瓦(れんが)をひとつひとつ積み上げる職人がいなければ何も始まらない。無口な大工、心配症の資材調達係、一本気な現場監督と、登場人物は多種多彩でアクが強い。腕に覚えのある職人たちが妻木の下に集まり、己の技を活(い)かす道を探りあい、一丸となって日本の景色を変えていく。

 発展が「喪失」であってはならない。妻木が目指すのは、町の風景に溶け込む「江戸の再興」。それも懐古主義ではなく、最新の技術で災害や火事から人を守る建物だ。功名を排して無心で挑めど、時代の開拓者は常に孤独。苦しみは仕事でしか報われない。人生をかけた議院の完成は見ることの叶(かな)わなかった妻木だが、情熱は伝播(でんぱ)する。彼の信念は部下たちに引き継がれ、やがて新たな形となる。読書の後半、ふと気づく。これは単なる建物の物語ではないのだと。

 その昔、「24時間戦えますか」というCMが流行(はや)った。今なら「労基法違反」と一蹴(いっしゅう)されるだろう。それでも寝食を忘れ、ひとつ事に没頭し、挫折しながらも必死に何かを築きあげていく喜びははかり知れない。仕事の大小を問わず、本書は汗して働くすべての者たちへの応援歌である。

読売新聞
2022年1月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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