「家族」で起きていることは、「世の中」でも起きている。気鋭作家による「家族小説」の新機軸。河野 裕『君の名前の横顔』

レビュー

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君の名前の横顔

『君の名前の横顔』

著者
河野 裕 [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591171820
発売日
2021/11/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

「家族」で起きていることは、「世の中」でも起きている。気鋭作家による「家族小説」の新機軸。河野 裕『君の名前の横顔』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

■物語は。

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■『君の名前の横顔』河野 裕(ポプラ社)

「家族」で起きていることは、「世の中」でも起きている。気鋭作家による「家族...
「家族」で起きていることは、「世の中」でも起きている。気鋭作家による「家族…

『いなくなれ、群青』から始まる「階段島」シリーズや山田風太郎賞候補となった『昨日星を探した言い訳』において、「特殊なコミュニティと、その独自のルール」が基盤となる物語を書き継いできた、河野裕。最新長編『君の名前の横顔』では、現実とほとんど変わりないコミュニティ──「世の中」を物語の舞台に据えた。では、「世の中」から作家が見出した「独自のルール」とは何か?
 物語の主軸を担うのは、一人暮らしをしている二〇歳の大学生の楓(「オレ」)と一〇歳のクールな義弟・冬明、そして義理の母の愛の三人家族だ。兄弟の父は自殺によって亡くなり、愛は女手一つで冬明を育てている。楓と愛の目下の悩みは、冬明の〈初めから存在しないものが「なくなった」と騒ぎ出す癖〉だ。例えば、「一三色入り」だった学校の絵具セットから紫色が欠けてしまったと冬明は主張するが、周囲の人間にとってはもともと「一二色入り」だった。しかし、当の本人は「ジャバウォックが盗っちゃったんだよ」と言う。その出来事があった翌週、今度はレモン色をジャバウォックが盗んでしまったと言い出した。冬明に対する、愛の新たなリアクションを記した一文が重要だ。〈「それは初めから、一一本入りでしょ」〉。この世界からは本当に少しずつ、何かがなくなっているのだ。一方で、工務店の営業職として働く愛のもとに、ひたひたと悪意が忍び寄り──。
 ジャバウォックとは、『鏡の国のアリス』に登場する怪物だ。それは「昂揚した議論のたまもの」と翻訳されることがあると楓にレクチャーするのは、文芸サークルで出会った親友の千守遼。楓から話を聞いた千守は、一〇歳の少年の周囲で起きていることはあり得ないことではないと判断し、「ジャバウォック現象」と名付ける。名付けるという行為の効用は、もやもやと雲を摑むような存在だったものに輪郭が与えられること。そして、他の何に似ているだろうと比較対照することによって、対象の本質に近付けることだ。登場人物たちがたちまちのうちに気付いたのは、SNS上の論争で起きていることとの類似性だった。「正しさ」を掲げる側が、別の「正しさ」を掲げる側を論破することにより、異論が消去される。それは世界から何かがなくなることと同義ではないか?
 物語はその後、千守のサポートを受けた楓が主体となり、ジャバウォック現象が起こるルールや、現象が起きた後に何が起こるのかというルールを探っていく。ともすれば抽象的な議論になりかねない題材を、作者ならではの〝ほどよいファンタジー〟でキャラクター化・具体化し、ジャバウォックとのおいかけっこ&かくれんぼの軸を打ち立てている点が圧倒的に素晴らしい。とはいえ、怪物の正体が「世の中」そのものである以上、倒すことは不可能だ。ならばどのようにして物語に決着を付けるのか? 
 見どころは満載だが、一つだけ指摘しておきたいのは本作が家族小説であるという事実だ。「家族」で起きていることは、「世の中」でも起きている。人は「家族」の内部で培った価値観をもって、「世の中」へ出ていくからだ。ならば「家族」の問題を解消することは、「世の中」の問題の解消に繫がるのではないか。〈その場所に正常な愛情を築くために、知らないうちに生まれていた歪な愛情を解体しないといけないんだ〉。終盤に現れるこのロジックを、個々の展開を丁寧に読み進めていったうえで、受け止めてみてほしい。
 たくさんの人に、本書を読んでほしい。読み終えた瞬間、素直に心がそう動いた。

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KADOKAWA カドブン
2022年01月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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