混迷の世で人びとを照らす 「心」を見つけるカウンセリング

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心はどこへ消えた?

『心はどこへ消えた?』

著者
東畑, 開人, 1983-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163914305
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

混迷の世で人びとを照らす 「心」を見つけるカウンセリング

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 東大前の刺傷事件。小田急線、京王線の列車内の凶行。そして大阪・北新地ビル放火事件。ここ最近、ショッキングな無差別殺傷事件が相次ぐ一方、「自己責任」という言葉はメディアにすっかり浸透している。思い起こすのは映画『ジョーカー』のワンシーンだ。主人公は市の福祉課でカウンセリングを受けているが、ある日予算削減のために打ち切られてしまう。浮かびあがってくるのは“底の抜けた社会”の姿だろう。

 そんな混迷の世にあって、いま多くの人の心の拠り所となっている本が臨床心理士である東畑開人の『心はどこへ消えた?』だ。昨年九月の発売が発表されるとネット書店を中心に予約が殺到。三刷となった現在も注文が途切れることがない。

 本書のベースになっているのは二〇二〇年五月から一年間にわたって週刊文春誌上に連載されていた同氏のエッセイだ。発注当初は週刊誌連載ということで「世の中の事象をユーモラスに斬る」方向で考えていたと担当編集者は語る。

「でも、コロナの影響が出始めて急速に社会が変化していく中、“危機のさなかだからこそ、人の心に何が起きているのか書くべきだ”という東畑さんの真摯な考えのもとにスタートすることになりました。始まってみると、実はコロナ禍のずっと前から、心が失われてきたのではないか、ということが見えてきたのです」

 本書にはカウンセリングを通じて出会ったさまざまな人の「物語」が登場する。例えば、綺麗すぎる部屋にひきこもり他国の環境汚染動画を眺めながら罵っていた中学生。いかにも「ネトウヨ」を思わせる印象だが、面会を繰り返すうちに全く別の姿が見えてくる。彼は東畑という「他者」と向かい合うことで、自分の内側にしかない心のありようにようやく気づく。翻って、それは東畑自身について、ひいては私たち自身について言えることでもあるのだ。

〈心が一つ存在するために、心は必ず二ついる〉。本書のカバーのそでに書かれている言葉だ。「他者に触れることで自分の心のありようを確かめるカウンセリングの時間を、この本を読むことを通じて共有してもらえたとしたら嬉しいです」(同)。

新潮社 週刊新潮
2022年1月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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