『東京ゴースト・シティ』
書籍情報:openBD
『東京ゴースト・シティ Tokyo ghost city』バリー・ユアグロー著(新潮社)
[レビュアー] 南沢奈央(女優)
コロナ禍 幽霊との交流
本書は、著者がパートナーと共に東京に滞在した際の経験と印象に基づいて書かれた“滞在記のような小説”。登場する場所は、よく知る東京の街でありながら、いつの間に別の入り口を開けてしまったのか、夢の中を歩いているような感覚が終始ある。
というのも、行く先々で摩訶(まか)不思議なことが起こる。そこかしこに幽霊が現れるのだ。築地市場の豊洲への移転を嘆く永井荷風、新宿高島屋で「仁義あるオーガニック・ポテト」を売っている菅原文太、CM撮影をしている北野武、ディズニーとコラボして映画「東京オリンピック」を撮り直している市川崑、お盆に柴又に特別出現すると話題になっている渥美清……。可笑(おか)しみたっぷりで魅力的に描かれる。憧れの存在である著名な幽霊たちと、いちファンのように接する“私”とのやり取りが軽快で笑える。
小説の中で滞在は2019年の春から始まり、当初1か月の予定が1年半以上に延びて、変わりゆく東京の姿も描き出される。楽しい旅もやがて新型コロナウイルスで不穏な空気が漂い、がらりと様相を変える。来日時の上野公園での花見の喧騒(けんそう)と、1年後の不気味な静寂の対比が妙に胸に刺さる。人はいなくても、東洋の魔女はバレーボールをしていて、三島由紀夫や一休宗純の幽霊がお酒を飲んでいる。幽霊たちが賑(にぎ)やかな分、未(いま)だコロナ禍にいる私たちには言い得ぬ切なさと苦しさが蘇(よみがえ)る。
社会風刺を含みながら不思議でユーモラスな世界を描き出した。そこは、私たちが目で見ている表層的な東京ではない。日本の歴史と文化への敬意と愛を持って幽霊たちと交流しながら著者が辿(たど)ったのは、深層部のもう一つの東京とも言える。思い切って本書を、“小説のような滞在記”と言い直したい。
この揺らいだ世の中でも歩く力が妙に湧いてくる。背中を押してくれているのは、誰の幽霊だろう。柴田元幸訳。