『プロジェクト・ヘイル・メアリー 上・下 Project Hail Mary』アンディ・ウィアー著(早川書房)
[レビュアー] 小川哲(作家)
地球を救う?科学の力
語り手である主人公は、ロボットに見守られながらプラスチックの壁に囲まれた奇妙な部屋で目を覚ます。自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのか、そして自分は誰なのか、思い出すことができない。時間とともに、いくつかの断片的な記憶が蘇(よみがえ)ってくる。地球に何が起こったか、自分は何者で、何をしたのか。そして自分はどうしてこの場所にいるのか。
本作の舞台は1隻の宇宙船〈ヘイル・メアリー〉号だ。未知の生物が引き起こした「ペトロヴァ・ライン問題」によって太陽の出力が下がりつつあり、人類は滅亡の危機を迎えていた。そんな中、逆転の一手として生まれたのが「プロジェクト・ヘイル・メアリー」だ。〈ヘイル・メアリー号〉に乗船した主人公は、地球から11・9光年離れたタウ・セチ星系までやってきて、たった一人でプロジェクトを実行に移す――。
本作は大きくわけて、三つのパートに分かれている。序盤は主人公が記憶を取り戻し、自分が何をするべきかを思い出すパートだ。そして中盤には主人公(と読者)が驚愕(きょうがく)する衝撃の展開が待っている。そこから終盤にかけて、主人公は地球を救うために「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を実行する。
本作にはSFというジャンルの魅力が詰めこまれている。とてつもなく大きな災害が発生し、その災害に対して科学技術で立ち向かう。仮説を立て、その仮説が否定され、新たな仮説を立てる。一つの問題解決が別の問題を呼びこみ、その問題を解決する過程で新たな真実が判明していく。
終末をめぐる小説でありながら、決して暗い話ではない。全編にわたって科学への信頼と科学的な思考が貫かれており、主人公のユーモアあふれるポジティヴな性格も合わさって、読後感は爽やかだ。本作を読了して、思わず「こういう小説に出会いたいからSFを読んでいるんだ」と口にしたくなった。小野田和子訳。