『庭仕事の真髄 老い・病・トラウマ・孤独を癒す庭 The Well Gardened Mind』スー・スチュアート・スミス著(築地書館)

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庭仕事の真髄

『庭仕事の真髄』

著者
スー・スチュアート・スミス [著]/和田佐規子 [訳]
出版社
築地書館
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784806716266
発売日
2021/11/02
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

『庭仕事の真髄 老い・病・トラウマ・孤独を癒す庭 The Well Gardened Mind』スー・スチュアート・スミス著(築地書館)

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

ささくれ立った心回復

 心に響く訳者あとがきに「庭のように手入れの行き届いた心」とある。これがこの本の原題である。わたしたちの心は、現代社会のなかで、しばしばエネルギーを失って萎(しぼ)み、時にはささくれ立つ。それへの効果的な対処として、著者は庭仕事を提示し、それがどれだけ心の回復に貢献するのかを実例を挙げて論証する。

 たとえば、犯罪から立ち直ろうとする人々のためのグリーン・ハウス・プログラムやトラウマや薬物依存症の治療のための園芸療法などがそれである。薬物依存症になった女性レナータが自分に似たサボテンを育て助けることで、「花を育てるってことは、誰かに何かをいつも与えているって意味」と言う。

 驚くのは、戦場の最前線の塹壕(ざんごう)でも、兵士たちが庭を作っていたことだ。第1次大戦の西部戦線で、スコットランドの若き将校ギレスピーは、薬莢(やっきょう)で花鉢を作って花を植えていたそうである。ギレスピーは死の直前に、「平和が訪れたあかつきには、軍事的中立地帯に日陰をつくってくれる樹木や果樹を植え、スイスから英国海峡までの巡礼の道をつくる」と訴えていた。

 また庭仕事は現代社会への異議申し立てにもなる。「インクレディブル・エディブル(食べられるって素晴らしい)」は、都市のなかの荒廃した土地を耕し、誰もが自由に食べられる植物を育てるものだ。

 そして、著者の祖父であり、第1次大戦のトルコでひどい捕虜生活を送ったテッドらの例を通して、わたしたちが避けて通れない老いや病に庭仕事がどれだけ慰めになるのかを、実に詩的に著者はうたう。「誰でもみんな、緑の指を持っている」、「冬の最も厳しい時に、春が再来するという信念に、私たちはしがみついてもいい」。最後は、ヴォルテールの箴言(しんげん)である。「私たちは自分の庭を耕さなければならない」。さあ、心の庭を耕すため庭に出よう。ひともとの花を愛(め)でることも庭仕事である。和田佐規子訳。

読売新聞
2022年1月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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